ヤメロと思っているのに、口からはペラペラとトゲのついた言葉が吐き出されてしまう。こんなこと言いたいんじゃない。そう思っているのに、どうして自分が何を言うかコントロールできないのだろう。こんなこと言いたいんじゃない。傷つけたいんじゃない。
なのに、あまりにも滑らかに言葉たちは吐き出されて、サクサクと君に突き刺さっていく。



(ぼく、うそ、ついちゃった)





「ちったあ、おしとやかさを身につけろよ」

その言葉が心に突き刺さるけど、そんな素振りを見せたらさらに面白がられてしまうから、無表情でいるしかない。ただ、溜息をついて鎖骨にかかる髪を払った。

「お転婆にも限度があるだろ」

だって、これが私なんだもん。そう反論したいのに、その反射すらお転婆と言われたことを裏づけるものでしかないことも分かっていた。だから、やっぱり私は無表情でいるしかない。今度は後ろから髪の束を持ち出して、胸の上に垂らしてみる。

「ファッキンマネくらい女子らしくしてろよ」

ぷっちん。そんな音が聞こえたかのように私は突然我慢ならなくなる。なによ。蛭魔には、私が一番気にしていることなんて手に取るように分かるんだ。そうやって、一瞬で簡単に急所を仕留めてくる。嫌なやつ。そんなやつを好きな私は、とんでもないおおばかものだ。

「じゃあその、ファッキンマネさんとやらと付き合えば良いんじゃないですかね」
「あン?」

おてんばな私は怒りをすぐに炎のように吐き出して止まらない。止まってなんかやるもんか。ふたりきりの部室、外は真っ暗だけど何か食べて帰ろうと話していたのも、私がかばんを持って立ち上がることで全部反故にしてやる。

「…私は武蔵くんみたいに、寡黙なひとのほうが好きなのかも!」

彼の眉根がぴくりと動いたけれど、別にどうでも良かった。これで私たちは終わり。それで良かった。
最後に立ったまま、彼を一瞥した。気に入らないものを見る目で私を見ている、大好きな大好きなそのかたちを、目に焼きつけるように、二度と思い出さないようにじいっと見つめる。

「バイバイ」

そして、彼の返事も待たずに部室を出た。滲みそうになる涙を、上を向いて引っ込ませようとしていたら、今度は喉が裂けるみたいに痛んでどうしようもなかった。泣くな泣くな。そう言い聞かせて目を精一杯開く。私だってできる限りの強がりで、彼から離れたかった。
彼の勧めに従って、違う高校に入学したことをいま初めて、良かったと思う。明日から、自然に会わずにいられる。同じ学校ならこうはいなかっただろう。廊下ですれ違うこともあるだろうし、好奇の目にも耐えられなかっただろう。ひとけのない道を選んで校門をくぐった。泣くのは家まで我慢したかったから、今日習った世界史のことを考えていた。
追い出したいのに浮かんでくる顔が憎くて、我慢できずに涙がぽろっと落ちる。袖ににじませたそれは、私の負けを告げているようで悔しい。好かれていると思っていた。女子なんて眼中になかったじゃない。なのに、急に私たちの世界を変えてしまったあの子が、なんにも悪くないのに、心の底から憎かった。そして、醜い自分と向き合うのはひどく私を傷つけた。
駅に向かって街灯の灯る道を早歩きで進む。泣いていることを誰にも気づかれないように、目のふちにたまった涙はすべて袖に吸わせる。
あんなやつ。あんなやつ。どこが良いんだろう。どこが良かったんだろう。口を開けば憎まれ口ばかり。親しさゆえかと思っていたのにこれだ。
いつの間にか今日の世界史から、蛭魔への罵詈雑言に脳内が染められてしまって、その侵食具合に舌を巻いた。忘れなきゃ。思い出せば思い出すほど辛くなるのは、私だ。








ばたん、ととてつもなく大きな音をたてて扉が閉まる。くそ、と自分を罵ったところですべては後の祭り。なまえの、いまにも泣きそうな眉間の脆さを思い出していた。窓の外は暗く、ひとりで歩かせるには躊躇する時間なのに足が動かない。自分で自分が腹立たしく、謎だった。なまえのことを女性として愛しているはずなのに、言葉では傷つけたり貶めたりするばかり。本当に大切な存在を自分で手放すようなまねをすることが、理解できない。でも、彼女の前で素直に愛情表現する自分も想像できないし、どう考えても気持ちが悪い。だからって、彼女を大切にできないなら意味がないのだ。
机に肘をついて、あまりにも重い頭を支えた。自分という鎧が重すぎて、容易に脱げない自分が悪い。そんなこと分かりきっているのに。彼女はこれっぽっちも悪くない。むしろ、よく耐えてきたほうだ。すべてを吐き出すような溜息は、深い夜の闇に消えていく。








あれから、私はとにかく頭の中を忙しくすることに全力を傾けた。勉強について考えると、蛭魔に教えてもらったことや、点数で勝てなかったことを思い出すから嫌だった。短期のアルバイトをいくつかして、貰った給料で少し派手な色に髪を染めたり、気になっていたファッションにチャレンジしてみたりした。何かするたびに視界にチラつくラメのネイルは、私の気分を高揚させるのにもってこいだったし、お気に入りのワンピースが増えて、友人と遊ぶことやひとりでのウィンドウショッピングも一層楽しい。
そんなふうに過ごして、二ヶ月。彼からなんのアクションもないまま、私からも何もしないまま、もし付き合っていれば三周年を迎える日が近づいている。仕方ない。心の傷はまだかさぶたにすら覆われていない気がしていたけど、すべてはもう終わってしまったこと。そう思って考えないようにしていた。
この日もカフェでゆっくり読書でもしようかと、好きな色のハイライトをいれた髪を整えて、生地も仕立ても良いお気に入りのワンピースを着て支度をしていた。そんなときに、のんびりとチャイムが鳴る。よくあることだ。

「はーい」

インターホンから確認すると、キャップを深くかぶっていて人相は捉えられなかったものの、大きな花束を抱えた花屋の男性が立っていた。母はよく出先で花束を買って配達させることがある。朝からデパートに行くと言っていたし、私はなんの躊躇いもなくエントランスを通した。
もう少しだったメイクを手早く終わらせて、家中の空の花瓶を集めておき、到着するのを待つ。もう一度チャイム。チェーンを外してドアを開けた。

「お届けものです」
「はあい…え?」

花束を渡されても伝票も何もなく、不審に思い見上げると、キャップに隠された顔が見えた。

「よういち…」
「無用心だな。配達があるなら連絡してもらうようにしろ」
「…どうしてここに」
「…謝りにきた…」
「いまさら…」

バラのむせ返るような芳醇な香りに言葉を止めた。やや考えて、彼を家に入れる。口角を上げないだけで、随分と毒気のない顔になる。
このバラは何本あるのだろう。さすがにひとつの花瓶には入らなく、ふたつに分ける。
花はそのままに部屋へ通すと、彼は珍しくラグに腰を下ろした。

「悪い」
「…何が?」
「…あー、思ってないことまで言った」
「思ってないとでてこない言葉じゃない?」
「ちがう」

言葉は強いけど、でも根拠が分からない。ここで許しても、また同じことを繰り返すんじゃないかとも思う。

「俺は思ってない。なまえが気にしていることを言った」
「…どうして私が気にしてるって…」
「見てれば分かる」

なんとなく悲しくなって、ベッドにかけたまま目を伏せた。いま閉まっているクローゼットにかけたハンガーにかわいいルームウェアがかかっているのはまさにその通りだからだ。クローゼットの中に隠したくなったけど、もう後の祭りだった。
部屋着なんて楽な格好が一番! そう思ってきたけど、やっぱり私もカワイゲとやらが欲しくなって、ピンクとホワイトで、ところどころにフリルがあしらわれた、さりげなくもかわいらしくデザインされたセットアップなんて着ている。

「だからって言うことなくない?」
「…その通りだな」
「じゃあ何で言うの!?」

むっとして語気が強くなった私に、彼はなぜか悲しそうな顔をした。私はそのとき、私のみにくさに気がついて、声を荒げたことをすぐに後悔するけれど何も言えない。

「俺にも分からねえ」
「…は?」
「分からねえから困ってんだ」

玄関でキャップを脱いでいた彼は、セットされていない前髪をくしゃりとかき上げる。その仕草がまた、雑誌の表紙か、ビルのポスターみたいな格好良さで、悔しいような怯むような。

「自分のことくらい…自分で解決してよ」
「…返す言葉もねえな」

ふう、と溜息をひとつ吐く彼。このままどうなるのか分からなくて、こっそりシーツを握り締めた。

「こんなになまえのことが好きなのに、どうして憎まれ口ばかり叩くのか、自分でも分からねえ。でも、俺がなまえを好きなのは間違いねえんだ」

私の目をまっすぐ見て言う彼に、私はまた悲しくなる。どうすることが正解なのか分からない。よりを戻す? 憎まれ口は一生治らないと諦めて本当に縁を切る? どうすることが正解なの? 私はどうしたら良いの?

「だから俺に、もう一度だけチャンスをくれ」

その言葉にパッと顔を上げた。私は彼に判断を委ねて良いのか、分からない。でも、私も彼を好きなことは、これも事実だった。別れたくない。誰かのものになって欲しくない。けど、これ以上鋭い言葉で傷つきたくもない。八方塞がりで座り込んだ私に、選択肢をくれるのはいつも彼だ。


「なんていうか…本当に変われるのかな?て、思う」
「変わる」
「でも、他の誰にも妖一を渡したくない、私だけのものにしてたいとも思う」
「…」
「そんな、打算があっても良いなら…別れたくない」
「俺と付き合いたいやつなんざいるのかよ」
「いるよ。絶対いる。そこらへんの男子とは格が違うもん」

まあそこは違えけどな、と彼は前髪をかき上げる。で、どうなったの? という私の視線を受けて、決まりだな、と妖一は呟いた。
すっと、細くて筋張った小指が出される。それがなんだか、一拍遅れて理解した私は、同じように小指を出して絡めた。

「嘘ついたら?」
「泣く泣く別れる」
「なあんだ、別れちゃうんだ」
「草葉の影から見守ってる」
「なんかそれって、私永遠に彼氏できなさそう」
「まあ、そういうことだな」

ここにきて、初めて妖一が笑った。ふっ、と口角を鋭利にあげる、私の好きな笑い方。つられて私も笑う。
今度は、らしく、できるかな、と淡い期待を抱いていたら、ほどいた小指のまま掴まれた手のひらを引かれて抱き締められる。あたたかい。香水と体臭の混ざった好きな匂い。心臓の音。
この世に他の誰もいなくて、誰かに嫉妬することもなくて、誰かに強く見せる必要もなかったら、たったふたりきりなら、こんなに穏やかに幸せに過ごせることを思い出して、なるべく強く、抱き締め返した。