夏なんて大嫌い。ベタベタして、まとわりつく汗が不快で、まるでいまの私たちみたい。毎日同じ話をしてケンカをしている私たちみたい。カンカン照りの太陽、温いだけの鬱陶しい風。夜でさえ熱帯夜で眠れやしない。
 そう、毎日、同じ話をしてる。

「いつになったら遊んでくれるの」
「無理だ」
「土日の午後空いてるじゃん」
「部活はなくても俺はやることがある」
「…それはいつなくなるの」
「来年」

 毎日毎日、同じ話をしてる。まだ七月だよ。そう言えば、そうだな、としか返ってこない。ねじれた会話。繰り返すことしかしない私たち。去年はもっと遊んでくれたのに。どうにもならない。下がっていく私の優先順位。蜃気楼さえ見えそうなグラウンドに目眩。目が合わないふたり。
 夏なんて大嫌い。昼と夜の境目さえ曖昧になって、まるで私たちみたい。ぼやけていく、ふたりの境界線。

「干からびちゃうよ」
「残念だな、人間はそんなことで干からびやしねー」
「もうカラッカラなのに?」

 噛み合わない会話。どんどん頭が痛くて、イライラしてくる。夏なのに? 夏だから。エアコンの風で冷えていく肌。蛭魔の苛立ちまぎれのタイピング。ずれていく私たち。

「別に、何日もくれって言ってるわけじゃないじゃん。午後だけでも良いから、遊びに行こーって言ってるだけじゃん」
「それすら惜しいんだよ」

 毎日、毎日、同じ話。歪んでくふたり。
 ため息もエアコンの冷風に紛れていく。溶けたアイスみたいに、ベタベタ絡みつくふたりの関係。それはただ不快でしかなくて、もう拭い去ることでしか、どうしようもない。

「分かった」
「…」
「もう別れよ」
「…は?」
「もうこれで終わり。バイバイ、さようなら」

 スクバを持って立ち上がる。ふたりだけがいたカジノ。蛭魔の眼光も無視してドアを開けたら、絡みつく温い空気。ああ。これが嫌だったんだ。大嫌いな夏。私たちを返してよ。なんて、そんな願いは数秒前に雲散した。夜になっても暑いなんて、本当にうんざりする。バタンと閉めた扉。冷房の中にいる蛭魔と、蒸した熱気の中に取り残された私。夏なんて大っ嫌い。絡みつく空気に眉を歪めながら、帰路に着く。仕方ないじゃん。一日とは言わないから、半日くらい付き合ってくれたって良いじゃん。こんなわがままな私についてこれないならもうこれしかないよ。
 ああ、本当に大嫌いな夏。
                *
 冷房の効いた家でアイスを食べていたら、まもりちゃんから電話がきた。

「はい?」
「…もしもし、なまえちゃん?」
「どーしたの、まもちゃん」
「最近どうして部活こないの? ヒル魔くんが…」
「あー、別れた」
「えっ?」

 大きい声に私はケータイを少しだけ離して、溶けかけてきたアイスを舐める。電話の向こうでは、いつも通りの喧騒。

「なまえちゃん…なんで別れちゃったの」
「…夏だから?」
「もう、ふざけないで」
「夏って、暑くてダルくて疲れるじゃない」
「…ヨリを戻す気はないの?」
「…なんで?」
「なまえちゃんがこなくなってから、ヒル魔くん、荒れてるわ。別れたからなのね?」
「知らないよ。もう向こうもうんざりしてたんじゃない?」
「そうなら、いつもの倍のペースで弾が減ることはないと思うわ」
「…ふーん」
「いまどこなの? 家? ちょっとなだめにきてよ」
「私が? 無理だよ。エアコンがんがんなのに、こんな暑い中泥門まで行くなんて」
「アイス! あるから」
「もう彼女じゃないし…」
「それ、ヒル魔くん了承したの?」

 あ、してないな。そう気づいて、私は仕方なく彼のいる泥門高校まで行くことにした。着替えるのも億劫で、制服のままだ。玄関のドアを開けたら、巻き上がる熱気。ああ、もう、いやだ。毎日同じ話を繰り返してはすれ違ってきた私に何ができるかなんてさっぱり分からないけれど。汗がにじむ。ああ、なんて嫌な季節。早く終わってよ。

「なまえちゃん!」

 洗濯物の山を抱えたまもりちゃんが一番に私を見つけた。相変わらず暑い。真っ白な太陽が、熱を降り注ぐ。やめてよ、もう。とりあえず、手伝うよ、と洗濯物を半分持ったところで、刃物みたいに鋭い声が飛んできた。

「なにしにきた?」
「まもちゃんに、機嫌を損ねてまわりを困らせてるバカがいるって聞いてきてやった」
「そこまで言ってないっ」

 蛭魔は図星ではあったのか、銃を担いだまま黙って私の目から何か読み解こうとしてるみたいだ。なんにも、読めないと思うけどね。あとは干すだけのタオルたちが、柔軟剤の匂いをさせている。濡れているから、そのあたりだけが涼しくて気持ちいい。蛭魔は背を向けて、部員に指示を送り、練習を再開するようだ。

「私、甘すぎたかな?」
「そんなことないよ。ヒル魔くんも…ひとりで頑張ってるところあるから」
「…」

 すっかり失念していたけど、まもりちゃんは私たちにヨリを戻して欲しいとかでなく、この最悪な雰囲気をどうにかして欲しんだ。タオルを干しながら、ため息を吐いた。温い空気、まとわりつく汗。ペタペタの腕。どれもこれも不快でしかない。
 こんな時間なのに、外はまだ明るい。それに騙されそうになるけど、もういい時間だ。クールダウンを終えて、部室でミーティングをしているみんな。私は端っこにパイプいすを用意して、まもりちゃんがくれたアイスを食べている。舐めても舐めても、次から次へとこぼれてくる。鬱陶しさ。蛭魔の機嫌は、よく分からない。ミーティングも終わり、みんなが帰り支度をするなか、カウンターにかけて、ノートパソコンの相手をする蛭魔。どうしたら良いんだろう。私も帰って良いのかな。心を読んだように、蛭魔が私の名前を呼ぶ。

「残ってろ」
「…なんで?」
「なんでもいい」

 相変わらず暴君は健在だ。私たち、もう離れちゃってるのにね。来年までアメフトを頑張りたい蛭魔と、少しくらい構って欲しい私。要求は一方通行で、噛み合うことはない。もう何年も付き合ってきたけど、これが倦怠期ってことだったのかな? 乗り越えることなく私たちは別れてしまったけれど。だから、夏なんて嫌い。
 最後のひとりが帰って、部室のドアが閉まる。それは少しの熱気を部室に運んできたけど、すぐにエアコンの出す冷風に負けてしまう。

「で? 私も帰りたいんだけど」
「…次の土曜の午後、空ける」
「いいよ。別に。大事な時間なんでしょ? アメフトのために使いなよ」
「…半日くらい大したことねー」
「…大したことねーのに、私の希望は無視されてきたと」
「…悪かったな」
「私が強硬手段に出なければ、時間を確保することも謝ることもしなかったんでしょ? やっっぱり別れたほうが良いよ」
「…なんでそうなる?」
「私みたいなわがままじゃなくて、理解のある彼女見つけたらってコト」
「俺が欲しいのは、理解のある彼女じゃなくて、なまえだ」
「そのわりには、全然大切にされていなかったようだけど」
「俺の怠慢だ」
「あれ、今日はやけに素直だね」
「なまえを失うのに比べたら大したことねー」
「ふーん…ちょっと遅かったかなあ」
「…俺にはなまえがいなきゃダメなんだよ」
「そう思うなら…もう少し大切にしてたほうが良かったかもね」

 窓の外、夕焼けが揺れているようにも見える。エアコンの冷気に守られている私たちと、茹だるような暑さの中で僅か風が揺れている部室の外。どうにもならない。毎日のねじれた会話。冷房にさらされてても頭が痛い。

「俺は了承しちゃいねー」
「どちらかの気持ちがなくなった途端にどうしようもならなくなるんだよ」
「気持ちがあるから今日きたんだろ?」

 痛いところを突かれた気がしたけど、私はなんにも感じず、頬杖をついて窓の外を見ていた。どうなんだろうか。分からない。

「さあ…どうかな」
「分からねえってなら、傍にいろ」
「横暴じゃない?」

 毎日、同じ会話をしていた。この前までは。確かに今日は、いつもとは違う会話をしていた。ああ、早く抜け出したいこの夏。エアコンなんかに頼らなくても。終わる気配なんて見せやしないけれど。


ITZYより