私服とか、部屋とか色々観察する間もない。見た目通りの厳しさで、次から次へと問題を解かされて頭は数字とアルファベットでパンク気味だった。
「難しい…」
「まだ基礎だぞ」
「それでもー!」
雲水くんの潤いのない手が握るシンプルなシャープペンの頭が、とんとんと教科書を叩く。数学のくせにアルファだのベータだの小難しい記号に頭痛を催しそうだ。
せっかく今日のために選んだ可愛い服もこれじゃあ意味がない。少し距離が縮んだら次を求めてしまうのは浅ましいのか本能なのか。
しゃらしゃら鳴らす、私の持つシャープペンの頭にくっついた飾り。きっとこういうの嫌いだろうな。どうして気づかなかったんだろう。幾ら見た目を繕ったって、中身が伴わないのをひしひしと感じる。スポーツマンな彼だというのに、ドーナツを手みやげに選んでる辺りでもうダメなのかもしれない。喉の奥がツーンと痛む。
泣いたりしない。泣いたりしない。ようやっと手にした、この空気を悪くすることは避けたい。
「なまえさん」
「はいっ」
「少し休憩にしよう」
そう言い終わると同時に、雲水くんはテーブルに手をつき立ち上がった。怒らせた? 嫌になった? 言葉が出てこない。雲水くんは軽やかに、私に出してくれたコップを持ち上げた。
「え、あ、あの」
「ちょっと待っててくれ」
「は、はい」
正座の上で、無意識に指を動かす。どうしようばかりが頭を埋め尽くした。私がバカだから。私がいつまでも真面目になれないから。自分も試験前だという中、せっかく呼んでくれたのに。嫌われたかもしれない。いや、嫌われてしまった。部屋を出て行った雲水くんが戻ってくる音がした。恐る恐る顔を上げる。
「待たせたな」
音も立てずに、オレンジジュースが注ぎ足されたコップと、手みやげに持ってきたドーナツの載った皿が置かれた。雲水くんは自分の目の前にもドーナツの載った皿を置く。
「食べないのか?」
固まったままの私に、ドーナツに噛みついた雲水くんが問いかける。
「えっ、あっ、い、いいの?」
「ああ、どうかしたのか?」
「う、ううん」
雲水くんとドーナツ、それはすごく似合わないけれど、少しだけ、ほっとした。ドーナツを掴んで頬張りながら、ようやく辺りを観察する。散らかってもいないし、埃のひとつもない。机には辞書やら参考書、それからアメフトの雑誌。
アメフト、好きなんだなあ。似合わないけど、と失礼なことを考えた。考えて、気づいた。似合わなくても、好きでいて良いんだ。Tシャツにスエットという緩い格好の雲水くんを見ながら、ついつい口角が緩む。目が合ってしまったから慌てて口を開いた。
「おいしい?」
「ああ。たまにはこういうのもいいな」
そだね、と言えば緩んだ口角もうまくごまかせたに違いない。