初めて見たときから、目を奪われた。彼はどこを取っても同い年には見えなく、そのやけに長い背丈も大人びた表情も幼い私にはぜんぶぜんぶ素敵だった。
「みょーじさん」
背中をつんつんされて、振り返った。私をドキドキさせる張本人がイタズラっ子のように笑っている。彼の指は、たぶん意図的に、下着の位置を避けていた。
日に焼けた大きな手の、長い指が教科書にはさまっているけれど、彼の手と対比するとなんだか教科書が不自然に小さく見える。だからやっぱり、彼が中学生とはどうしても思えなかった。
「前回、どこまでやったと?」
「このへんかな」
「見してー」
ノートを開いて見せたら、千歳くんは白い歯を覗かせながら手を伸ばしてくる。口角が唇で一番高い位置になって、それらを繋ぐ曲線はコンパスでなぞったみたいに正しい線を描いている。私のノートを見ながら書いてあるページ数を探して教科書をパラパラめくるその姿ですら、絵になっていて苦しかった。
「みょーじさん、字、きれいばいね」
「別に、ふつーだよ」
「そんなこつなか」
ありがと、と目を細めた千歳くんが私にノートを返す。
千歳くんは、ニコニコしていることが多い。それか、眠そうにしている。たまにどこか遠くをぼうっと眺めていて、何を見ているのだろうとその視線を追ってみてもその先には青い空が広がっているだけなのだ。
千歳くんには何が見えているのだろう。背が高いから、きっと遠くまでよく見えるんだ。でも千歳くんはよく下を向いて、じゃれつく猫を可愛がったりそよぐ草花に指を絡めていたりもする。
私には、千歳くんの見ているものを見えないし、考えていることも分からない。
「ちゃんと授業、出た方が良いよ」
「んー、考えとくったい」
「うん」
私はそれだけ言って正面に向き直った。背中で、気配をめいっぱい辿ってしまう。
例えば、憧れみたいな、好き、なのだ。千歳くんは、同い年の私よりずっとずっと大人だ。経験値が違う。見てきたものが違う。表情が違う。
もっと幼い頃に近所のお兄さんを好きになる、あの感覚だ。
大人の世界を背伸びして覗くような、まだ初潮にすら到らないのに、私たちはそのときすでに、女の子になっている。
あの頃と違うのは、同い年でもつりあわないと分かっていること。私はもう、好意を疎まれないような小さく可愛らしく害のない幼子ではないということ。
勢いよく戸が滑って、教室に先生が入ってくる。私はほっとした。もう余計なことを考えなくても済む。
それでも、千歳くんの眩しい笑顔が思い出される。ため息を吐いた。恋は、苦しいだけだ。せめて、もっと幼い人だったら良かった。一緒に大人になれるような、人なら良かった。
彼はもうすでに、どこかが確かに、大人だ。
だからこれは、また憧れなのだ。
先生の声を聞いていたら、椅子の足の枠の中にいた足に何かが当たった。こっそりと足元を確認すると、後ろから大きな上履きのその先が当たっていた。先生の視線を確認して、少しだけ振り向く。いたずらっぽい顔をした千歳くんと目が合う。
ああ、と思った。やめて。ほんとうに、こういうの、やめて。好きになっちゃうから。そんなこと言えずに、私は少し息を吐きながら笑った。
そうして、彼にもまだ子どもらしいところがあるのだと思った。