首が痛くなってきたのを自覚しながら、本棚の背表紙を目で追う。好きな作家の、気になるタイトルの本に惹かれて手を伸ばすもどうして一番高いところにあるのか、下の方に指が掠るだけで、私は仕方なく爪先立ちで人差し指を伸ばす。
「これか?」
「わ、」
後ろから、すいっと手が伸びてきて、背表紙にかかった指がそれを抜き出す。なんとなく聞き覚えのある声に、足を踏まないよう慎重に踵をつけてからゆっくり振り返ると、同じクラスの柳くんがいた。
図書室に所狭しと並べられた本棚たち、通路は狭くて、すぐ真後ろにいた彼に驚いて少し距離を取る。肩に本棚が軽く当たった。背が高いのは知っていたけど、間近で見るとさっきと同じくらい見上げないといけなくて、なんとなく恥ずかしさに俯く。
「みょーじがこういう本を読むとは、意外だな」
本を差し出しながら、柳くんが低い声で小さく言う。ここは図書室だ。昼休みでもそれなりに人がいる。私は本を受け取りながら、同じく小さい声で肯定の返事をした。
柳くんは黙って動かないから、恐る恐る見上げてみたら、先ほど本を抜き出した段を目で追っている。
「このジャンルが好きなのか?」
「え、あ、うん。昔、家にあったのを読んでからハマったっていうか、そんな感じ」
「好きな作家はいるか?」
やけに質問攻めだな、と思いつつ、私はいま手に持っている本の著者と、それ以外にも同じジャンルで好きな作家の名前を挙げる。ピンとこないものも少なからずあるから、好きな作家と言っても少ししかいないけれど。
しどろもどろ話していると、柳くんがくすりと笑う。それに怯んだら、片手を小さく振って、けれど口角を上げたままそんなつもりなんてなさそうな弁解を始めた。
「いや、みょーじの見た目からはあまり予想できないことばかりだったからな」
「…小説とか読まなそうだよね」
「まあな」
優等生を地で行く柳くんと、ネクタイはゆるゆる、スカートは膝上10センチまで折ってダルダルのカーディガンを着る私は、どう考えても接点がない。たぶん、毛先を巻いた髪も校則違反なんだろう。でも私はギャルでもないし、ましてや不良でもない。ただの一般的な生徒で、ただこういう格好の方がきちんと着るより可愛く思えるからそうしているだけなのだ。
真田に見つからないようにするべきだろう、と柳くんが笑いを堪えるような声音で私に言う。柳くんは真面目なんだけど、かの有名な真田くんとは違い、融通が利くタイプというか、自分のそれを他人に押し付けないタイプなんだろう。
私、こういう方が可愛くて好きなだけ、と小さくもごもご言うと、柳くんはそうか、と言うだけだった。
「他の本は読んだのか?」
「え? ああ、この人のは…半分くらいは読んだよ。ここ、いっぱいあるし」
タダで本読み放題なんてラッキー、とわたしが言うと柳くんはふっと笑って同意してくれた。
教室で見る柳くんは、真面目で涼しげで隙がなくて無駄がなくて、多分私みたいななんとなく中途半端なタイプは大嫌いなんだろうなと勝手に思っていた。けれどそうでもないのかもしれない。
貸出カウンターがザワザワし始めて、私も柳くんも自然とそちらに視線をやる。真上の時計は昼休みがそろそろ終わるのを告げている。
「それだけで良いのか?」
「いや…せっかくだし、もうちょっと…」
そう言いながら私は振り返って、背中を向けていた本棚の、やっぱり一番上の段に目をやる。首を深く曲げて見上げたら、頭が、たぶん柳くんの体のどこかに触れて、ごめん、と言いながら慌てて首を動かした。柳くんは吐息で笑うだけで、自分が恥ずかしくてたまらない。
「柳くん、は、この人の、読んだ?」
「読んだな」
「私、これとか、これとか、好きなんだけど、なんかオススメある?」
低い位置にある私の指じゃ、正しく背表紙を示せたのか疑問だけど柳くんは数秒の後、タイトルをふたつ挙げた。読んだことがあるか訊かれて、ない、と正直に答えたら、柳くんの指が本を二冊抜き出して私に差し出す。
それを素直に受け取って、私は貸出カウンターに向かおうとして足を止めた。
「柳くん、借りないの?」
「もうあまり時間がないしな」
「え、あ、ごめん」
「気にする必要はない。有意義な時間だった」
「? そう?」
「みょーじの意外な一面を発見したからな」
「えー…うん、そーかな…そーかも…」
「ーーのジャンルの小説が好き、それから、少々内気で恥ずかしがり屋」
「やめて、そんなことない、チガウ」
「そんなことあるぞ」
残念ながら、と付け足しながら、柳くんが私の頭にぽすんと手を乗せた。どれくらい身長差があるのか、なんだかからかわれているようで悔しいし恥ずかしい。いや、悔しくは、多分ない。ただ、私も柳くんの意外な一面を発見してしまって、ドキドキしているだけだ。