彼はまったく嫌になるくらい無駄がない。
なんとなく視線をさまよわせた先で、必ず目が合う。そして、白石くんはほんとうに滑らかで隙のない動きで微笑む。まるで目が合うのが分かっていたかのように、ちっとも驚いたりせずに一瞬で口角が上がり目尻が下がる。意味が分からない。
仕方ないから私はぱっと目を離す。恥ずかしさで震える心臓を宥めながら、先生が話す小難しい言葉で気を紛らわせるのだ。
きっと、授業が終わったら、また目が合う。わざわざ話し掛けに行くことも来ることもない。そういうのは昼休みと放課後の僅かな時間だけ。彼には、いかにもまったく無駄がない。

「なまえ、最近なんかヘン」
「…そーかな?」

友達にそう言われて、ぎこちなく笑う。だって、まだ付き合い始めて一ヶ月も経っていない。誰にも言っていない。私だって、なんだか夢見心地というか、現実じゃない気がまだしているくらいなのだ。あの、白石蔵之介くんと付き合っているだなんて。
カッコいい、ていうのは、とんでもなくズルい。それだけで、女子なら好きになってしまう。彼はきっとそういうのをよく分かっている。その作りの美しい顔面だけで、私たちの心臓は暴れ出す。そして彼はそれだけではなかった。むしろ、非の打ち所がない、完璧にすら見える男の子だった。頭は良い、テニスは全国レベル、誰にでも優しくて、誰にでも慕われている。そんな彼が、私の名前を呼んだり、良い匂いだったりするものだから、もうダメなのだ。
うっかり、ころんと、私は彼を好きになってしまって、彼はまた上手に、私から彼に好きと言うように仕向けたのだ。私はまたまた、うっかり、ぽろりと、好きだよ、と言ってしまったのだ。
視界の端で、彼が席を立つ。昼休みが、半分ほど終わった。彼は教室を出る直前に少し振り返って私を見る。目が合う。彼の指先が、おいで、とほんの少しだけ動く。

「あ、ごめん、友達に呼ばれてるんだった」
「いってらー」

もうそろそろ、抜け出す口実がなくなってきていて、でも私は彼に逆らえずに席を立つ。見失わないように、友達を振り返ることもなく教室を出て、牛乳がたっぷり注がれた紅茶を連想させる髪を揺らす彼を追いかけた。一定の距離を保ちながら。
階段を上がって、空き教室に彼が入る。辺りを憚かりながら私もそろりとドアを開ける。

「なまえちゃん」
「、ひゃ」

足を踏み入れた瞬間に真横に引かれて、同時に彼がドアを引いてぴったりと閉める。身を乗り出して彼はドアの鍵を下ろした。

「んー、今日も可愛えなあ」

白石くんが、机に腰掛けて、立ったままの私を抱き寄せる。鎖骨の辺りに唇が当たって、心臓がうるさい。私はもうどうして良いか分からなくて、ただただ黙って立ち尽くす。

「なまえちゃん」
「…うん」
「好きやで」
「…うん、私も…好きだよ」
「なんや、標準語っちゅうのもグッとくるもんやな」
「そ、かな…」

白石くんに見つめられると、ほんとうにどうしようもない。ドキドキして、恥ずかしすぎて目をそらしたいのに、でもそれ以上にカッコ良すぎて目をそらせない。ずるい。ずるいほどカッコいい。
白石くんの手が、困っている私の頬に触れる。びくん、と震えた私を、声を出さずに笑って、白石くんは私を見つめる。キスされる。分かる。いつもそうだ。向こうには、生徒たちの声がする。それをぼんやり捉えながら、私は白石くんにされるまま、彼に触れる。

「なまえちゃん、俺のこと好き?」
「…好き…カッコ良すぎて困るくらい、好き」
「おん、顔に書いてあるもんな」
「やめてよ、ほんとに…」

恥ずかしい、を絞り出した瞬間にまた唇が塞がれる。クラクラして、頭がどうにかなりそうだ。こんなカッコいい男の子が、どうして私なんか好きになるんだろう? そのへんがさっぱり分からないんだけど、彼はカッコ良すぎて、私にそんなことを考えさせる余裕をくれない。

「もー、食べちゃいたいくらい、可愛ええで、自分」
「…白石くんのほうが…カッコ良すぎて困るんですけど」
「ほんま? 俺、この顔で生まれてきて良かったわあ」

白石くんに、触れられるところすべてが熱を帯びてジンジンしてくる。それにどうしようもなく困って仕方ないけれど、それを断ち切るように予鈴が鳴った。

「…おっと、もうタイムオーバーやって」
「白石くんカッコ良すぎるからこれくらいで良いんだけど…」
「なに言うとるん」

白石くんが笑う。やだもう。なんでいちいちカッコいいんだ。

「なまえちゃんやって、可愛いすぎてめっちゃ刺激強いで」

にっこり笑った彼の余裕さに、私の余裕のなさを浮き彫りにされる。頬が熱い。分かってる。全身で、ドキドキしてる。

「はは、なまえちゃん、ほんま俺のこと好きやんなあ」

ぎゅうと目を瞑る。ふわっとしたキスをされて、白石くんは、先戻り、と言う。うん、と頷いて私はカギを上げて教室を出た。体が熱い。教室に着く前に、頬に集まる熱を冷ましたい。けれど、白石くんの顔がチラチラ浮かんで、目を瞑ってもダメで、私は大きく息を吐いた。