「跡部様はさぁ、悩みごととかないの」
「…なんだ、その呼び方」
「跡部様ファンの真似ー」
ぴくっと眉がつり上がって、彼はあからさまに嫌そうな顔をする。生徒会室の、ムダにきらびやかなふかふかのソファーに、私は上履きを脱いで横座りする。そのまま足を伸ばしてもぶつかることなく、柔らかく滑らかな肌触りのクッションたちにもたれて寝る体勢を取った。
彼は舌打ちをする。私が足を向けているからかもしれない。私は色々面白くなくて、気にせずに横になって目を閉じた。
「…寝る気かよ」
「だって、跡部様忙しいでしょ、まだしばらくかかりそう」
跡部様はお忙しいのだ。生徒会会長とテニス部部長を兼務しているのだから、当たり前だ。彼女である私に構う暇なんて、そうそうないのだ。しかも、私たちが付き合っていることは秘密にしているから、余計私に構う暇なんてないのだ。
目を閉じて、クッションの肌触りを堪能していた私の足に、何かが当たる。目を開けて、動くこともなく視線をそちらにやれば、彼が自分のブレザーを、スカートのまま横になっていた私の足にかけているところだった。
ちら、と視線をやると、私を見下ろす跡部様。なんだか嫌で、私は身じろぎをしてクッションの中に埋もれていく。
「集中できねえだろうが」
「じゃあ帰ろっかな」
「はあ?」
「時間のムダじゃん」
むくっと起き上がって、彼を見上げる。不機嫌そうな顔を見たら、本当に悲しくて、どうしようもない。
人前でいちゃいちゃどころか、他人行儀で過ごさなければならない私のもどかしさ。これは私を守るためにと彼が提案したことだけれど、不自由でしかなくって、でも彼の言いたいことも分かるし、二進も三進もいかない。
せっかくふたりきりで、彼のことを独り占めできる僅かな時間なのに、どうしてこんな険悪になっちゃうんだろう。私にもっと可愛げがあれば違ったんだろうけど、生憎そういうのは苦手だし、私はそういうタイプじゃない。
好きなのに、うまくいかないな、と、ぼんやり考えながら目をそらす。爪先の辺りに追いやられていた鞄を取ろうと腕を伸ばした。
「帰んな」
きゅっ、と優しい力で、腕を掴まれる。鞄を掴み損ねた私は、もう一度顔を上げた。
「…跡部様?」
「…いつもみたいに呼べよ」
「………けーご、」
ソファーに片膝をついて、座る私に近づいた彼が、私の腕を離す。ぽとんと彼のブレザーの上に腕が落ちる。鞄を取ろうとしていたのを、すっかり忘れたように。私の腕を離した彼の手が、私の頬に触れて。
さらさらの髪が、当たる。咄嗟に目を閉じた私の唇に、柔らかく押し当てて、離れて、まぶたにもう一度柔らかく唇が触れた。
たった数秒なのに、もっと長く感じて、時間の流れが突然緩やかに遅くなったようで、目を開けるのが惜しい気持ちを抑えながら、まぶたを持ち上げる。
眉間に皺を寄せて、困ったような苦しいような表情の彼と、目が合う。
「…すぐ終わらせるから、帰んなよ」
「…うん」
そう、言うしかなくて頷いた。切なくて切なくて、涙が出そうになる。好きの弱みだ。そんなの分かっている。立ち上がって、離れていく背中を眺めて、やめた。見ているだけで苦しくなる。足にかかっていたブレザーを引き寄せて、顔を寄せる。彼の匂いがする。
目を閉じて、さきほどの時間を反芻する。とろりと、私の中にこぼれ落ちていく大切な瞬間のひとつに違いない。こういうものを増やして増やして、寂しさを、悲しみを、むなしさを、堪える。彼が触れた頬に、まだその感触が残っている。
もっと一緒にいたくて、もっと満たされたくて、もっと触れ合いたい。でもそれらを断ち切るようにブレザーを抱き締める。
あらゆるものから彼女を守るにはまだまだ力不足を感じ、卒業後の進路と彼女への気持ちで板挟みなのに、彼女の機嫌は良くないし、しかもスカートで寝ようとするし、もやもやもやもやしてる跡部様とか