「なに落ち込んでるの」
「…ちょっとほっといて」
「なんで、嫌だよ」
「…ちょっとほっといて」
「は? 嫌だって言ってるだろ」
「…」
「理由を言えよ」
「嫌」
「なんで」
「…カッコ悪いから!」

肩に置かれた精市の手を、肩を捻って振り払う。
私が落ち込んでいるときくらい、ひとりにして欲しかった。暗い寝室、ベッドで膝を抱えて反省会をしていたら、精市がどかっと隣に座ってきた。一通り言い争ってから、精市は溜息を吐いて、サイドボードに置いていたらしい、ココアの入ったグラスを私の手の甲に当てる。
これとってもおいしい、と言ったら、切らさないように買ってきてくれるようになった、ちょっとお高めの紙パックのココアだとすぐ分かる。分かって、泣きそうになる。

「…なにさ、」
「差し入れ持ってきてやったんだろ」
「…ありがと」
「別に」

落ち込んでいた原因を言いたくない理由に納得してくれたようで、精市は、ココアをちびちび飲む私を見ながら黙っていた。どうにももったいない精神が出てしまう。
精市は、とにかく強い。心も、体も。強いから、きっと私がうじうじしてるのも、見ていてムカムカするのだろう。落ち込む原因を、どうしても反芻してしまって溜息を吐いたら、精市が私の手からグラスを奪う。特に反応しないでいたら、精市の手が頬に触れた。それでも、反抗する元気もなくて好きにさせていたら、後ろから抱きつくように移動して、あろうことか胸を触ってきた。

「ちょ、っと! なにすんの!」
「励ましてるんだろ」
「どんなやり方なの!」
「どんなって…セックス」
「やめてよ!」

いまさらながらジタバタするも精市の力には及ばず、片手は胸を、片手は内腿を触られながら涙目になる。乗り気じゃないときにやろうとしても濡れないことをコイツは忘れたのか。
背中から覆い被さられながら、精市の腕が私の腕を動かせないように押さえるせいで身動きが取れず、でももう嫌で嫌でたまらずに頭を左右にぶんぶん振り回した。

「もー、ヤダヤダ、なんでそうなるの、そんな気分じゃない、もー、嫌なのにぃ」
「気分転換だろ、いつまでウジウジしてるつもりなんだよ」
「…そーだけど、」

うまいこと反論できない私の耳を、精市が舐める。時折甘噛みをされて、私はその快感に耐えようと身を縮こませた。
服の上から左手で胸を揉まれながら、右手がついに部屋着のショートパンツの上から、両足の間をなぞり始めた。精市の腕が押さえる私の腕から、力が抜けていく。

「すぐ濡れなさそうだよね」

分かってるじゃん、と思いながら振り返って精市を見ようとしたら、耳の中に舌をねじ込むようにされて肩が跳ねる。するりと左手が下がったと思えばTシャツの下に手が入り込んできて、下着をつけていない胸をじかに触られる。どこもかしこも、語気の強さとは裏腹に、柔らかいタッチで触れてくるのを、私は目を閉じて耐える。
なぞり続けていた精市の右手が、緩いショートパンツの中に潜り込んで、その指先が下着の下の肌に触れる。

「ん、」
「…イイコだね」

湿り出した部分に指先を絡めて、その上の腫れた突起に当てられる。指先だけを僅かに動かす振動で、くっつけていた膝が離れ始めた。身動きが取れない状態で、ただただ気持ち良いのを拒めない状況に、ようやっと興奮し始めて息を吐く。

「…ぁー、ぅー」
「我慢しないで良いよ」
「っ、はぁ、」
「…全部忘れさせてやる」

耳に、直接流し込まれた言葉が私から、すべての思考を奪う。耳と、胸と、足の間の避けられない刺激を私は声を出して甘受するだけで、精市の指や舌は動きを止めることなく私をあらゆるしがらみから解放していく。
全部忘れたいよ。そう思って少しだけ目を開けた。飛び込んでくる、目をそらしたくなる光景の中にある精市の太い腕に、また私は何かをどこかへ解放していく。
精市の右手は器用に、中に入り込みながら突起を揺らし続ける。その間にも私の耳に唇が当たる距離で、私の名を呼び続ける。もう何も考えられない。もう何でも良い。精市。快感に溺れる口で、私もできる限り精市の名を繰り返し呼んだ。

「なまえ…震えてるよ」
「ぁ、せぃ、ち、ぁん、はぁ、せ、」
「イキそうだね、良いよ」
「ぁアー、あ、あぁ、あ、せ、いちぃ」
「うん」

手のひらごとを当てるように、しっかり密着された手が全体で揺れる。壊れたように喘ぎながら、背中を丸めて、反らす。大きく震えたのを合図に、精市が手を緩めて私を責め苦から解放した。座っていることすらできずに、後ろにいる精市にぐったり寄りかかって、乱れた息を整えようと深呼吸を繰り返す。

「…忘れられた?」
「…うん、ちょっと…」
「ちょっと?」

精市の声で、イラつかせてしまったことに気づいたけれど私は返事もできずにもっと精市に体重をかけた。体の熱が引いて、やっと体が言うことを聞くようになって足を動かしながら振り向く。おっかない目をしている精市と、ばっちり目が合った。

「…せいいち、」

精市が無言で私を押す。背中から押された私は顔から掛布に突っ込みそうになって、慌てて両手をつく。振り向く前に、ショートパンツと下着を引きずり下ろされる。

「やだっ…」
「全部忘れさせるって言っただろ、」
「ああっ、」

まだ乾いていないそこに、精市のそれが突き刺さる。すべてを、忘れてしまいそうな感覚。私、これが欲しかったのかもしれない、そう錯覚させるような質量で私の足りない部分を埋められて、シーツを握り締めた。
ゆさゆさ、揺すられながら、余韻になり切れなかった快感が手繰り寄せられる。小刻みに喘ぎながら目を閉じて、開けた。
目を閉じたら、目を閉じたら。
せいいち。

「せ、ぃち、ぁ、せー、い、ち」
「…なに?」
「ぁ、かお、あう、かお、みた、」

突かれて息が詰まる。その合間になんとか喋れば、精市が体を離し、私の腕を引いて勢いのまま仰向けにした。いつも通りの、端正な顔立ちで私を見下ろすその目に出会って、私は深く深く息を吐いた。
両手を伸ばせば精市が上体を屈めて近づいてきてくれる。その首に手をかけられたら。屈みながら私の足を両手で押さえて、また精市が侵入してきて、私は息を飲む。その瞬間に、私の手の、その指先が精市の首にしっかり引っかかった。

「精市、!」

思ったよりも悲壮な声が出て、でももうどうしようもなくて、ありったけの力で精市を抱き締めて目を閉じた。
ここに精市がいる。ここに。いま、たしかに。その、確かさと、不確かさに、もういっぱいいっぱいで、泣けた。

「ちょっと、何泣いてるの」

そう言いながらも精市は動くのをやめず、私も喘ぐのを止められない。精市のくれる、この快感を忘れたくなくて、じわじわ迫り上がる感覚を刻み込もうと息を止めた。
精市が、何度も私の名を呼ぶ。ただ呼んでいるだけじゃない。なぜ泣いているのかを聞いているのだ。
泣きながら喘ぎながら、私はただ精市を強く抱き締める。
精市が、イライラしながらまた私を呼んで、そうしてひとつ舌打ちをした。背中に両腕を回された途端に、体が浮いて、驚いて目を開けたら、当たり前だけど目の前に精市がいた。精市の上に座らされている。そう気づいたときには涙は止まっていた。

「ねえ、なんで泣いてるの」
「…」
「言わないなら孕ませるよ」
「精市…」
「なに」
「妊娠したら結婚してくれるの?」
「当たり前だろ」
「精市…私のものになってくれるの、」
「はあ?」
「精市…どこにも行かないで、ぜったい、私のこと捨てないで、精市、お願い、」

また泣き出した私を見ながら、精市は両手で私の腰を掴んで持ち上げて、手を離して落とす。その深く突き刺さる感触に、悲鳴に近い声を上げた私の目から涙の雫が飛び散った。ゆさゆさ始まる律動に、精市にしがみつきながら耐える。

「なまえ」
「せぃ、ち、あん、あ、」
「…出すよ、」

はあ、と精市が息を吐く。もう一度ベッドに倒されて、私をきつく固定した精市が眉根を寄せながら乱暴に動いて。奥の奥まで入ってこられた瞬間に、違和感。搾り出すように動く精市を、霞んだ視界で捉えながら、精市の腕を掴む。

「…ね、なんか、ヘンじゃ、」
「生だからじゃない、」
「え」
「言っただろ、孕ませるって、」
「ウソ、え、ほんとに、え?」
「ほんとだよ、もうなまえの中に全部出しちゃったから」
「…え、えっと、」
「なまえを置いて、どこにも行かない証明」
「精市、」
「なまえ、結婚しよっか」

悪魔のような本性の精市が、天使のようににっこり笑った。私は多分、驚いた顔のまま、確かに頷く。