ランドセルを背負いながらふたりで歩く通学路。彼女はよく立ち止まっては道端の花を眺める。

「置いてくぞ」
「待って待って」

そう言えばぱっと立ち上がってついてくるけど。またすぐに隣にいなかったりする。あんまりにもちんたらしていたら彼女の母親が心配するだろうから、何度も何度も急かすけど。しゃがんで左右に頭を揺らしながら、淡い色の花を見つめる背中。片側に寄せて結んだ髪が一緒に揺れる。

「おいって」
「うーん」

言えばすぐに戻ってくるけど。学校からちっとも進みやしない。結局あのマンションに決めて、たまたま隣に住んでいたのがあのときの母親と女の子とそれから父親だった。何かの悪戯かと思ってしまうくらいには驚きの偶然で、母親の眼差しになんとなく腹が立つ。
いままでより日本で生活する時間が多くなったけれど、父親はもとより母親がいないことはよくある。それを聞いた彼女の母親がよく夕飯に呼んでくれたり、休日に誘ってくれたりするようになった。気づいたのは、こういうのって初めてだってこと。自分の母親だって鬱陶しいくらいに世話を焼いたりしてくれるけど、彼女の家族の中にいるとむず痒くなるような温かいような。まるで借りてきた猫みたいだと思う。

「おい、こら!」

ちょっと考えごとをしていたら、また彼女は隣にいない。ひらひら飛んでる蝶を追っかけていて、仕方なくそちらへ足を向けた。珍しく揚羽蝶で、あっちへふらふらこっちへふらふらを続けるそれを眺めながらのんびり追いかける彼女。
角の向こうから微かに音がした。彼女は気づいていないのか足を止めない。頭上を舞うそれに目を奪われている。足を速めたけれど。

「なまえ!」

細い手首を掴んで引っ張る。振り向いた彼女の足は空回って、目の前ぎりぎりのところをスピードを出した自転車が通過した。

「あっぶねえだろうが、ふらふらすんなっつったろ!」

彼女は叱られたのにも関わらず、頬を緩めて笑った。

「よーちゃんに初めて名前呼ばれた!」

手首はすぐに離したけど、また彼女の手に掬われていく。手を握るという行為に彼女はどんな意味を持たせたのかは分からないし、特に意味なんてないかもしれない。
俺はこんなに緊張するのに。だから、名前だって口に出せなかったのに。思わず呼んでしまっただけだって。それだけなのに。

「よーちゃんよーちゃん」
「なんだよ」
「呼んだだけー」

機嫌良く、ぶんぶんと手を振る彼女は花には目もくれずに歩道を歩く。その意味に気づいたときに、ふとその名を呼びたくなった。

「…なまえ」
「なあに!」

威勢良く振り向いた彼女に頬が緩むのを隠さない。

「呼んだだけだ」