※171話より


妖ちゃんからのメールは見慣れないものだった。
駅のイルミネーション下のベンチ。
それしか書いてなかったけど、来いってことなのは分かる。来いって意図が汲めたなら来てくれということだって分かる。ニットワンピースの上にグレーのスタンドカラートレンチを羽織り、財布だけを持ちニーハイブーツを履いてマンションを出た。
外はそれなりに冷えている。妖ちゃんの今日の格好を思い出してコンビニに寄った。ホットのリキャップ缶ブラックコーヒーとカフェオレを買って、急ぎ足にイルミネーションを目指す。どうしたんだろう。早く妖ちゃんの傍にいかなきゃ。弱みもなにも見せない妖ちゃんが、私に寄越した一通のメール。勝手に読み取った妖ちゃんの思い。
早く行かなきゃと思う度に、足はアスファルトを蹴る。ちかちか輝くイルミネーションとざわめきに染まる人々。妖ちゃんはいま、どんな気持ちでいるんだろう。妖ちゃんはどんな気持ちで私を呼んだんだろう。
綺麗な女の人を連れた派手なドレッドに声をかけられたけど、目も見ずに急いでるのでと通り過ぎる。その先、輝く金髪が俯いていた。

「妖ちゃん!」

珍しく緩慢な動作で振り向いた妖ちゃんはいつものようにポーカーフェイス。それがなんだか酷く痛々しかった。駆け寄って隣に座る。

「妖ちゃん…大丈夫?」

私の手より冷たい頬。痛くないように擦りながら、様子を窺う。妖ちゃんは黙ったまま私の目をぼんやりと見つめていた。

「なまえ、」
「はい。手、寒いでしょ」

ビニール袋からコーヒーを取り出して左手に握らせる。妖ちゃんはやっぱり黙ったままそれに従った。きっと、なにも言いたくないんだろう。
さっきすれ違った人を私は知っている。妖ちゃんと色々危ないことをしていた人だと思う。妖ちゃんは、私にだって弱みを見せたくなくて、でもどうしようもなくなって私を呼んだのかもしれない。なんにも言わなくていいよ。でも妖ちゃんが欲しいものは、言わなくたって全部あげるから。
ビニール袋を手首に通して、妖ちゃんの右手を両手で握って温める。

「なまえ、」
「妖ちゃん、帰ろ」
「…ん」
「ていうか、うちおいでよ。泊まってっていいよ。さっき、妖ちゃんの分もご飯作ってくれてるってお母さんからメールきてたの」

手を擦りながら妖ちゃんを見上げる。黙ったままの妖ちゃんはきっと、遠慮するか悩んでるんだろう。目を見ていれば、それくらいすぐ分かる。

「いいんだよ。お母さんもお父さんも、妖ちゃんのこと大好きだもん。知ってるでしょ?」
「…じゃあ、」
「うん、決定ー! お父さんのパジャマ着れるかな」

ひとりごとに妖ちゃんは返事をしなかったけど、温める両手を強く握り返してくれる。妖ちゃんはコーヒーを握ったままポケットに手を収める。私は両手を離して立ち上がった。

「妖ちゃん」

左手を開いて伸ばす。いつだって、妖ちゃんが望むならこの手を掴んでいい。私は絶対に妖ちゃんの手を離したりしない。

「…なんか、買ってかねえとな」
「え、いいよいいよ。気にしないって」
「んなわけにいくかよ」

妖ちゃんは目を細めて笑う。お互いなんにも言わずに繋いだ手は熱を分け合って。大丈夫、ずっと離さないからね。