鍵をさしてノブを回す。ドアを開けたらリビングから灯りが漏れていた。足元を見れば行儀良く並んだパンプス。ああ、今日金曜か、とさして気に留めずローファーを脱いだ。
「おーい、帰ったぞ」
いるはずなのに返事はない。リビングに入るも人影はなく、もしやと背もたれの高いソファを覗けばなまえが丸まって寝ていた。疲れてるんだろうと起こさずに、部屋に入って荷物を置く。案の定、色んなものの散乱していた部屋は綺麗に片付けられているし、洗濯された衣類が畳んでおいてあった。それらをクローゼットに突っ込んで、着替える。
リビングに戻ってもまだなまえは寝息をたてていて、テーブルを挟んで向かいに座って寝顔を眺めた。濃いチョコレート色の髪が一束二束、顔を隠していたけどみっしり伸びた黒く長い睫毛もよく見える。柔らかい髪とか、垂れた目尻とか細い肩とか華奢な腕。自分より二周り以上小さな手のひら、細いくせに柔らかい脚。そのくせ重たい洗濯物も持つし、精力的に家事もこなす。口にも態度にも出さないけど、感心することばかり。こうやって黙って寝てるのを見るのはあまりないから、まじまじと観察。していたら。
「…んー……あ」
きつく目を閉じながら唸ったなまえが、ぱちっと目を開けた。大きな黒目がまっすぐ俺を見つめる。
「オハヨ」
「おかえり!」
勢いよく起き上がったせいで、肩にかかっていたカーディガンが体から落ちた。慌てながら掴んで、片手は顔を隠す。
「見た!?」
「見てねーよ」
指で目元やらを気にしてるのをチラ見。それから何気なくテレビをつけた。
「びっくりしたでしょー」
「べっつに」
「あ、今日泊まってもいい?」
「好きにしろ」
「じゃあ泊まってくー」
幼なじみという、友達以上恋人未満な間柄のおかげでなまえもその両親も俺にはなんの心配もしてなくて、男の家に泊まることもなんとも思っていないようで、それはそれでいいんだけど。
それは、俺は手を出さないと思っているからなのか、俺になら手を出されてもいいからなのかは図りかねる。子供の頃よく一緒に寝てたというだけで、いまだに同じベッドで寝ることになんの抵抗がないのも如何なものか。ひとこと、言えば分かることだっていうのに。まさかこんなに意気地なしだったとは。
「あ、夜ご飯どうする? がっつり? 軽く?」
「軽く、で」
「ん。明日も部活なんでしょ? 朝ご飯は腕によりをかけて作るね」
「おう」
どうしよっかなーとソファを下りる上機嫌な声。俺はノートパソコンを広げる。普段殆ど使わないキッチンから漏れる音は、それだけでなまえを連想させるし家庭的で仕方ない。それから、きっとまた我慢できずに眠るなまえにキスをしてしまうんだろうと、一抹の罪悪感を覚えた。