「今日も妖一くんち泊まるの?」
学校から帰ってきて、お母さんにただいまを言ってからすぐに着替える。いつものボストンを持ってリビングに来たら、レモンティーを飲むお母さんが口を開いた。
「うん。だめ?」
「ううん。もう一緒に住んじゃえば良いのになーって思っただけ」
「…お父さんは反対しそう」
「お母さんはしないと思うなあ」
お母さんはにこにこしながら私の少ない荷物を眺めている。妖ちゃんちに泊まるために持っていくのは下着と化粧品くらいで、パジャマや着替えの幾つかも歯ブラシも妖ちゃんの家に置いてある。
「そっかな」
「うん。もう行く? 気をつけてね。妖一くんによろしく伝えておいてね」
「うん、分かった。じゃあ行ってきます」
妖ちゃんがくれたピンクエナメルの財布と揃いのキーケース、やっぱり妖ちゃんがくれたコーティングカーフの財布と揃いのストラップがついたピンクの携帯電話。鞄の中を確認していた私にお母さんは食べていたチョコをみっつくれた。ひとつを口に含んで包装紙を捨て、家を出る。妖ちゃんちまでの一駅分を歩きながらお母さんの言葉を反芻した。一緒に住んじゃえば良いのに。それってすごく幸せかもしれない。けど結婚前から同棲していると離婚率が高いとか、心配なこともなくはない。結婚するか分からないけど、と自分に言い訳しながら歩道を歩く。まだ外は明るい。多分というか確実に妖ちゃんは帰ってきていないだろう。冷蔵庫と冷凍庫をチェックして、鞄の中を財布とキーケースと携帯電話だけに減らしてスーパーに行こうかなと考えた。勝手に部屋に入ると案の定妖ちゃんはまだいなくて、冷蔵庫と冷凍庫を見る。多少は減っているから自炊したらしい。それからガムのストックを確認。下着やら化粧品類やらを詰め込んだ、雑誌の付録だったトートをソファに置いてスーパーへ。
*
玄関からやや乱暴な音。リビングのドアから顔だけを出して様子を窺う。私を見つけた妖ちゃんはいつも通り。
「おかえりー」
「ただいま」
首を慣らしながら妖ちゃんは部屋に入る。私はといえばリビングに放置されていたアメフトの雑誌を読んでいる。あんまりよく分からないけど。さっきよりは丁寧に開いたドアから着替えた妖ちゃんが出てくる。洗濯機のある脱衣所に直行したけど、カッターやらタオルやらは洗濯かごに入れただけとみた。
「毎日お疲れさま」
「ん」
「手、どう?」
「あー、明日帰ってきたらやってくれ」
「ん、分かった」
お母さんとの会話を聞かせて反応が見たいけど、軽く流されたらどう返していいか思い浮かばない。いくらもう彼氏彼女とはいえ、私たちはまだ高校生なわけだし。お母さんはああ言っていたけど、お父さんは許してくれるのか分からないし。目で追っている文字はさっぱり頭に入ってこない。ええい、とニュースを見てる妖ちゃんに話しかけた。
「ねえねえ」
妖ちゃんは返事の代わりに視線だけ寄越す。
「今日、お母さんにね、もう一緒に住んじゃえばーって言われたの」
できるだけ軽く、冗談にも取れるように、笑いながら。妖ちゃんはいつものように口角を上げながらソファに背を預けた。
「確かにそーだな」
「ねー。お父さんが良いって言ったら引っ越して来ようかな!」
「部屋いっこ空けねえとな」
「本棚ある部屋、そのまんま借りようかな」
「ベッド置くスペースねえぞ?」
「一緒に寝ちゃだめ?」
「だめなわけあるか」
「わーい、妖ちゃん大好き」
ままごとみたいな会話。妖ちゃんの言葉がどこまで本気でどこまで冗談か分からない。確かに一緒に住めたら嬉しいけど、いまのままでも妖ちゃんの傍にいることに変わりはない。妖ちゃんのためにご飯を作って掃除をして洗濯をする。お米がなくなったり時間が合うときは一緒にスーパー。泊まるときはひとつのベッドで眠る。それ以上に望むことなんてない。
「ご飯にする? がっつり? まあまあ?」
「んー、まあまあ」
「じゃあ朝はがっつりね」
「ん」
日経新聞を広げる妖ちゃんを置いてキッチンへ。対面キッチンから眺めるリビングに妖ちゃんがいる。それって多分、すごく特別なこと。