日曜のバイトは三十分の休憩をはさんで九時から十六時まで。私の家からも妖ちゃんの家からも近いパン屋さん。ネットに入れていた髪に癖がついてちょっとうねっている。家のドアを開けたら、行儀良く並んだ黒い革靴があった。珍しい。

「ただいまー」

妖ちゃんきてるのかな、と声を張り上げる。すぐにお母さんがにこにこ笑いながらでてきて言う。

「妖一くん、きてるわよ」
「どうしたの?」

お母さんは含みを持たせて笑うだけ。
私は仕方なく後をついてリビングに入る。妖ちゃんちのとは違って向かいあった柔らかいソファにはお父さんと妖ちゃんが向かいあって座っていた。お父さんにおかえりと言われたからただいまと返したけど、なんだかいづらい空気。妖ちゃんは相変わらずの金髪ピアスに、うっすらストライプの黒シャツに黒いスラックス。細身のせいでホストのようによく似合うけど、攻撃的な視線や髪型がそれを頑なに否定している。

「はいはい、なまえは妖一くんの隣座って」

そう言ってお母さんはキッチンに消えていく。鞄を下ろしながら妖ちゃんの隣に座った。お父さんもどことなく目尻が緩んでいるように見えなくもない。

「お疲れ」
「うん、ありがと」

妖ちゃんは短く言葉をくれたけど、多分それは私のお父さんの前だったからだろう。口角の上がり方が柔和な形をしている。そうこうしているうちにお母さんが私のグラスにオレンジジュースを入れて持ってきた。それを私の前に置いて、向かいに座る。

「あのねえ、なまえ」

お母さんが語尾を伸ばすのは機嫌が良い証拠だから、嫌な話ではないんだろう。妖ちゃんが私の両親と私抜きでなにを話していたのか。少なくとも、別れろとかそういうのではないらしい。

「妖一くんがね、なまえと一緒に住みたいって言ってくれたの。お母さんは勿論賛成だし、お父さんも賛成してくれたの」

お母さんはにこにこしていたし、ね、と振られたお父さんも怒ったり機嫌を損ねたような表情ではない。妖ちゃんはまだ黙っているし、私は私でなんて言って良いのか分からなかったけど、高校生の娘が彼氏と同棲するのを、そんな簡単に許してしまうのか疑問でもあった。

「お父さんはまだ早いって思ってたみたいなんだけどね」

紅茶を一口飲んでお母さんは話し出す。

「お母さんは、なまえに早くお嫁に行って欲しいし、お母さんになってお母さんをおばあちゃんにして欲しいの」

そこまで言って、お母さんはやっぱりにこにこしながらお父さんを見た。

「なまえが嫁に行くのは寂しいけど、妖一くんなら大丈夫だろうと思うんだ」

お父さんの視線を受けた妖ちゃんは少し頭を下げた。同棲、の話をしていたはずなのにどう聞いても私がお嫁に行く話をしているようにしか聞こえない。私は良いけど、さっきから黙っている妖ちゃんを気づかれないように窺う。しかしばっちり目があってしまった。

「だから早くから同棲って良いと思うの!」

お母さんの嬉しそうで楽しそうな声が綻ぶ。思えばお母さんは、私の小さい頃から花嫁修行よと言って家事を教えてくれていた。そのおかげで中学から妖ちゃんの世話を焼けていたのだからお母さんには頭が上がらない。しかも、学生の同棲を許して応援してくれるなんて。

「なまえには、何一つ不自由はさせません。自分がずっと、絶対守ります」
「ありがとう、妖一くん」

妖ちゃんの力強い言葉を聞いたら、お父さんの優しい表情を見ていたら、涙がせり上がってくるのが分かった。私にはこんなに私のことを考えて、理解して、応援してくれるお父さんお母さんがいて、不自由はさせないしずっと守ってくれると言ってくれる妖ちゃんがいる。

「なまえ、」

妖ちゃんの右手が背中に触れる。顔を覗き込んだ妖ちゃんと目があって、その目が表情が優しくって心配そうで。ああ、私はこのひとに恋してるんだ。そう実感した。

「お父さん、お母さん」

妖ちゃんの左手を握れば、握り返してくれる。その温度が、力加減が、愛おしくて仕方ない。ひとつ息を吐く。涙に震える声を正して。

「ありがとう…」

見上げた両親は温かい目で微笑んでいる。私はなんだか恥ずかしくなって、顔を隠すため妖ちゃんにくっつきにいった。




実際はありえないよね