もらった花冠に魔法をかけてから、酷く苦い気持ちになった。幾ら何でも分かる。認めたくはないけれど、どうやら俺はあの天使を好いてしまったらしい。ひとつ溜め息をついてから、朽ちることを忘れた花冠をあまり使っていない部屋にやった。撃ち落とすなら、どこを撃てばいいのか。体に傷をつけたくないし、かといってあの美しい羽根を撃ち抜くのも気が進まない。けれどどうせそんなことはできないだろう。あの天使はもう下りては来ないだろう。例え下りて来たって、撃ち抜けるのか。多分、無理だろうと思った。他の悪魔やハンターに狩られないように、もう二度と下りてくるなと思った。あくる日の明け方、空はもう白や赤や青のないまぜになっていて、夜通しかかった取引の帰り、近道をした、あの川のほとり。風に乗ってきたのはホワイトローズの香り。振り向いた先、背の高い草木の向こう。朝露に揺れる空気の中に。もう来るなって、言ったろ。見間違えるはずもない。思わず足を止めた。白く浮かぶ背を見ながらなにも考えていない。彼女は摘んだ花の匂いを確かめて、ふわりと川に放つ。そして、ふるふると白い白い羽根が揺れた。爪先が地上を離れたとき、俺は無意識にホルスターからピストルを取り出す。そして。手首が反動を感じたことで気がついた。意識がピントと一致する。夜と朝が混ざり合う空を背景に、白い羽根を赤く染めた天使がぐらりと揺れて。
ああ、落ちてくる。撃ち落としてしまった。俺が。あの、美しく純真で可憐な天使を。俺が、撃ち落とした。どうして、こんなことをしてしまったのだろう。壊してから気づく。壊してから後悔する。二度と戻せないし戻らないことを知る。あの、ただただ純白な天使を。俺は堕としてしまった。辺りで声がする。銃声にハンターがやってきたのかもしれない。一瞬で冷静さを取り戻した頭は、天使を誰にも渡さないという独占欲に満たされた。愚かで醜くて浅はかで即物的な俺は、やっぱりきれいなんかじゃあないし悪魔だった。ホルスターにピストルを戻し、何食わぬ顔で。
「おい」
一発足りない銃弾。俺が撃ち落とした天使。羽根に食らいついた鉛。血の気のひいた顔で、揺れる瞳で、天使は俺を見上げた。
「あ、くま、さま」
「大丈夫か、」
大丈夫かもなにも、俺が撃ち落としたのに。嫌われたくない、だなんて女々しい感情。伸ばされた手を掴む。気温のせいか冷たい。羽根を撃たれても、命に別条はない。死ぬことはない。けれど撃たれた箇所が悪ければ飛べなくなる。もう飛べなきゃ良いと思った。それと同じくらい、もう飛べなかったらとも思った。美しい天使は、美しい天使のままでは捕らえておけない。どちらが良いのかなんて分からない。
「痛い、痛いよ」
そう言って天使は火のついたように泣き出した。俺は地面に膝をついて天使を抱き起こす。白いワンピースは土にまみれて。子供のように泣きじゃくって。頭を撫でながら肩口に顔を押し当てる。
「抜いてやる。痛いだろうから肩、噛んでろ」
天使は首を振る。舌打ちをひとつしたら天使は体を強ばらせた。仕方なく、見えないながらに顎を掴んで肩に噛みつかせる。それから、上部に三分の二ほど食い込んだ鉛を指先に掴んだ。肩に柔らかな痛みが走る。非力な手で服が掴まれる。悪魔に体を預けて震える天使は、多分俺こそが悪魔だということを忘れているんだろう。食い込んだ鉛を少しずつ引き抜く。角度を変えてしまえばさらに痛むだろうから、まっすぐ、入ったように引きずり出す。震える体を片手でくるんで、さする。自分の汚さに吐き気がしたけれど、汚いのは昔からだったことを思い出す。喉から手が出るほど欲しいものなんざいままでなかったから、どうしていいか分からなかった。どうしていれば後悔しないですんだのだろう。ゆっくりゆっくり鉛を引き抜く。細くなった先端が見えて、するりと抜けた。
「抜けた」
「…いたいよお」
羽根が震える。鉛の抜けた傷口から血がこぼれる。俺の胸でわんわん泣きじゃくる天使。頭を撫でてやりながら、多分俺が悪魔だって忘れてるのだと考えた。なけなしの理性と建て前を舌に載せて。
「早く帰って手当てしてもらえ」
本当はそんなこと思っていない。本当はこのまま連れて帰りたい。それでも、天使にとってのきれいでありたいと少しだけ思った。
「…と、」
ひとつしゃくりあげて、天使は肩口に額を当てたまま、深く息を吐いた。それから不意に顔を上げて、至近距離でまっすぐ俺を見上げる。涙に濡れる、そんな目で俺を見るな。
「飛べない」
傷に目を走らせる。穿たれた穴は骨格や筋を避けているように見える。天使は視線からそれを察したようだが、もう一度口を開いた。
「飛べないの」
それからまたすぐに泣き出した天使は顔を俺の肩口に押し当てる。傷が治れば飛べるのか。天使に縋られた俺は動けないまま、傷を注視。前後の不自然な挙動から、それが嘘だと見抜くことすらできずに。
つづきます