冬休み前の定期試験が近づく中、二時間目が終わった後生徒伝いで担任の先生に呼び出された。指定校推薦の結果なことは聞かなくても分かる。妖ちゃんも先生もまず落ちないと笑ってくれたけど、それでもどこか不安が拭えなかった。職員室に入る前に身なりを整える。ドアからまっすぐ先の窓際。先生は、笑っていた。自分のことのように喜ぶ先生が合格だと告げる。一言発する前に涙が出た。指定校推薦を貰うために奔走してくれた先生に一頻り礼を述べて職員室を出てから教室より近い女子トイレに入る。敷地内では使用禁止になっている携帯電話を取り出した。震える指で打つメール。たった四文字じゃあ感動が伝わらない気がしたから赤いハートの絵文字を添えて。送信完了画面が表示されてから鏡を見た。ちょっと赤い目。それでも頬が緩んだ。鏡の端に映っていたサイレントモードの携帯電話がちかちか光り出す。

「、妖ちゃん?」

それはメールでなく電話で、私は廊下の方を窺って通話ボタンを押す。

「絶対大丈夫だっつったろ」

安心する、勝ち気な声。聞いたらもう一度目の奥から涙が染み出す。

「うん、良かったあ…」
「俺のは聞かねえのか?」
「絶対受かってるもん」
「まあな」
「来年からは一緒に通えるんだね」
「ああ」

洗面台のふちを握り締める。来年からは一緒に通える。自分の言った言葉に自分で嬉しくなった。見えない妖ちゃんはいなくなる。知らない妖ちゃんはいなくなる。私が妖ちゃんの彼女だって隣を歩ける。妖ちゃんの声も、優しくって優しくって。

「授業始まんだろ、切るぞ」
「うん」
「メールするから、じゃあな」
「じゃあね」

通話を終了した画面に表示された時間に慌ててトイレを出る。まだ移動教室の生徒がひしめくことに安心しながら足早に教室を目指した。まだ先生は来ていなくて、暖房のある窓側の席へ向かう。どうだった?と聞いてくる友達に受かった!と言えば、教室中に響く声で祝福が飛んでくる。それを皮きりに、近くの席のみんなに声をかけられた。なんで嬉しいかって、妖ちゃんと一緒というすごく不純な理由なんだけど。チャイムが鳴ったけど先生は来なくて、膝掛けで隠すように開いた携帯電話にはメールが一通。件名に何もないのはいつものことで、本文には迎えに行くとだけ。部活を引退してからもよく顔を出しているけどこうして一緒に登下校することも増えた。急いで待ってると打ち、絵文字を選んでいる最中に先生が来る。無難に笑っている猫にして送信ボタンを押した。学校が終わるまであと四時間もある。













SHRも終わり、教室にたむろするのは数人で私も友達と話しながらメールを待っていた。三十分もした頃握っていた携帯電話が光り出す。素早く内容を確認。着いたの三文字。ワンコに教えてもらうからと言う友達と一緒に、足早に昇降口に向かう。どうやらワンコから電話が来た友達とはそこで別れて門まで大股に歩いた。コートにマフラーで防寒した金髪が見える。

「妖ちゃん!」

走んな、と制されたから早歩きのまま。最後の二歩だけが強く地面を蹴って。頼れる胸板にダイブ。びくともしない妖ちゃんは、ぽんぽんと頭を撫でる。

「受かったー!」
「絶対大丈夫だっつったろ」
「ほんと良かった。本当に良かった」
「おう」

抱きついたまま見上げたら、妖ちゃんは優しい顔で笑う。

「学部は違っても一緒だね」
「おー、良かったな」

他人ごとのように笑うけど、妖ちゃんの手は私の手を強く握り締めて離さない。妖ちゃんが素直じゃない分、私は素直に笑っていたい。自然に体を離して向かい合う。

「うん。ほんと良かった。ありがとう」
「ん。…なまえ」

手を繋いで歩き出した歩道。当たり前のように妖ちゃんは車道側を歩く。私は少し歩幅を広く取って歩いて、妖ちゃんは少しゆっくり歩く。妖ちゃんは私に合わせて、私は妖ちゃんに合わせて。

「なに?」

白い息がするりと伸びていく。ピアスの冷たそうな耳が僅かに赤らんで寒そう。でも、繋いだ手は雪も溶けそうなほど温かい。

「大学卒業したら」

車道には車が走る。反対側の歩道にはちらほら人が見える。ありふれた景色。何の変哲もない、いつもの光景。

「俺の嫁になって欲しい」

頬が寒くて、吐く息は白くて、妖ちゃんは私の手をしっかり握っていて、私は。私も、妖ちゃんの手をしっかり握っている。ずっと昔、まだ幼かった頃に振った手を、いまはしっかり繋いでいる。世界は音をなくして色もなくした。在るのは妖ちゃんと私だけ。

「な、りたいです」

そう錯覚しそうなくらい、それには破壊力があった。なんて答えるのが適切なのか分からない。ただとりあえず、私は世界で一番幸せなんだっていつもより強く感じた。震える声に、やっぱり妖ちゃんは笑う。それはとびきり格好良く私を魅力してやまない。

「良かった」

そう言って妖ちゃんは瞼の上にひとつキスを落とした。




(きみはいつまでも憧れ)