ふとした瞬間に切なくなるのは彼が全知全能に限りなく近いからなのかもしれない。小指に結ばれた赤い糸が互いに絡み合って離れられなくなったいまでもよく考える。もし、あのとき。妖ちゃんのお母さんの仕事の具合、休みの取れた日、お母さんについて行ったのも、マンションに空きがあったのも、それが隣だったのも。偶然にもそのピースたちは選ばれて、はめ込んだ先に私たちは生きている。どれかひとつでも欠けていたら、違っていたら、きっと違う絵になっていただろう。きっと違う未来になっていただろう。多分妖ちゃんは私が寂しくないように部活を手伝わせてくれてるんだっていうのは、目を見ればなんとなく分かる。もし、私に出会わなかったら。もし、アメフトに出会わなかったら。妖ちゃんはどうなっていたかな?私は、どうしていたかな?全員分のドリンクを作ってグラウンドに下りる途中で、妖ちゃんと、資料やらを抱えたまもりちゃんが話している。すぐにみんなに声をかけられて、私は目を反らした。振り返った妖ちゃんにも気づかずに。私に優しくて、私のためならお金すら惜しまなくて、作った料理を残さず食べてくれて、毎晩髪を撫でながら眠らせてくれて、勉強だって教えてくれて、私の前では無防備に眠る妖ちゃんを、私は信じきれずに、疑いを捨てられずに。こんなの最低だって分かってるのに。一緒にいるのに寂しくて、思い出だけじゃもうお腹はぺこぺこで、喉の奥がつんと痛くて。いっぱいいっぱい愛をくれてる妖ちゃんから、私はこれ以上なにを強請るのだろう。
「なまえ」
妖ちゃんは優しいから、なにを強請ったってくれるのかもしれない。でも、いつか愛想を尽かされてしまうかもしれない。だって私は、全知全能を絵に描いたような妖ちゃんとは違う。小さいときからずっと、お母さんに慈しまれてお父さんに愛されて、妖ちゃんに守られてきた。私は、びっくりするくらい無力なんだ。いくら一緒にいた時間が長くたって、きっと心なんてものは成長したり変わったりしていくもので、そんなとき、過去や思い出なんてなんの力も持たないだろう。もしかしたら、明日、妖ちゃんは私を好きじゃなくなってるかもしれない。明後日かもしれない。明明後日かもしれない。妖ちゃんの目が、心が、ずっと私に向けられている保証なんてないんだ。
「なまえ」
飲み終わったボトルを回収して、立ったままぼうっとしていたらしい。はっと振り向いたら妖ちゃんの怪訝な目。差し出す空のボトルを受け取る。
「ごめん」
「どうかしたか?」
「ううん」
だいじょうぶ、と笑ったのに妖ちゃんの眉根は寄せられたまま。それから浅く溜め息。やっぱり私は好奇の的で、妖ちゃんの肩越しにいくつかの視線を確認できる。そんなに、似合わないのかな。
「なまえ」
俯いた視線を上げたら、ちゅと優しい唇が降ってくる。目を閉じる隙もなくて、四白眼に浮かぶ黒目は私を見ていた。
「帰り、聞いてやるから」
これ以上妖ちゃんばかりに背負わせていられないよ。空のボトルが詰め込まれたクーラーボックスをぎゅっと握り締めて首を振った。
「だいじょうぶ」
精一杯、笑って。だいじょうぶ。今日の妖ちゃんはまだ私を好きでいてくれてる。だから、まだ、だいじょうぶ。
つづ