いつだって、だいじょうぶって言って笑うのは大丈夫じゃないときだから。その心を悩ませて、その瞳から涙を流させるものなんて排除したいのに。繋いだ指先は確かに頼りなくて、だから頼って欲しいのに、その心はまさしく気丈でそれを潔しとしない。
「覚えてる? 小学生のときもこうやって帰ってたの」
「忘れるかよ」
そんなに変わらなかった目線はいつの間にか十センチ以上も差が開いた。その手のひらをすっぽり包めるくらいにもなった。それでも、その憂いや杞憂を消してはやれない。
「妖ちゃん、変わったんだけど、変わってないみたい」
「…変わったか?」
「うん。アメフト、やるようになってからね」
こうやって、遠回しに気づくか気づかないかの瀬戸際を綱渡りするように、影を落とす。気づかないわけがないって、知っていながら。でも気づかないふりをして欲しいんだって、知ってる。
「そうかもしれねえな」
「うん。…もし私と」
まっすぐ前を見ていたなまえは視線を足元に落とす。聞きたいけど聞きたくないというよりは、聞きたいけど傷つきたくないんだろう。俺がなまえを傷つけることなんて、地球がひっくり返ろうが空が落ちようが海が蒸発しようが有り得ないこと。
「…肉と炭水化物以外は殆ど食わなかったろうし、両親とも絶縁状態だったろうな」
「…それはあるかも」
望んでる言葉とは違うだろう。なまえの前では格好つけていたいという考えがもはや格好つかない。
「なまえ」
「んー?」
「…ちゃんと、うちにいろよ。それから、男とあんま口きくな」
「、うん」
そうやって笑うから。機嫌が良いと、子供のように踏み出す足が高く上がるあどけなさが、細められる黒目がちな瞳が、可愛くって仕方ないのも言わないでおく。いちいち目も思考も奪ってるって気づけばいいのに。
「妖ちゃんも、毎日ちゃんと帰ってきて。で、あんまり女の子と話さないで」
「…善処シマース」
茶化した語尾に笑うなまえが、ごくごく自然に肩に頭を寄せてきて。
「妖ちゃん、だいすき」
そんな風に呟くから。ふざけて躱した意味がなくなってしまう。いまだに、愛を捧げ続けるその唇の誘惑に勝てないことも知らないで。知らないなまえは穏やかな口調で言葉を紡ぎ続ける。耳を傾けることでどうにか自分を抑制。
「妖ちゃんはいつも世界で一番格好良いんだけど、アメフトやってるときが一番格好良いの」
夜空には星が散らばって、辺りはもう暗くて、俺たちはぽつぽつ並ぶ街灯に照らされた道を歩いている。家までの道のり。それはもう俺だけのものじゃない。隣にはなまえがいて、俺はそれを当たり前だと思っていて、なまえもそう思っていてくれたなら。
「すっごく楽しそうで、すっごく格好良くて、とりあえずみんなに言いたくなるの」
自分の意志でここにいてくれたなら。ここをいつも暖めて、空けてあるから。一目惚れしたあの日から、ずっとずっと積み重ねてきたなまえへの想いは揺るぐこともなく天を衝くだろう。それが、なまえの存在を前提に俺の思考や行動を変えた。でもそれは、まだ内緒にしておきたい。
「妖ちゃんは私の彼氏で未来の旦那様なんだよって」
「…今度言うか?」
「…恥ずかしいからいい」
街灯しか明かりがなくたってその頬に注す赤みを見つけられる。立ち止まって手をひいた。触れるだけで満たされた気がするのは、多分その温もりに気を抜けるからで。ゆっくり唇を離したら。背伸びをしたなまえからそっと口づけ。
「へへ、奪っちゃったー」
茶化すくらい恥ずかしいならすんなと言ってやりたいけど、満更でもなかったから、とりあえず足早に帰路を辿ることにした。
ふたつ合わせて、ごーななのななしをイメージ