バレンタイン


カジノ兼部室にチョコレートの匂いが充満することに、一抹どころか大いに不安を抱いていた部員たちは、ほっと息を吐く。いざとなれば、部長の彼女が場を収めてくれるだろうという、口には出さない希望は難なく叶った。確かに部長はかなりご機嫌斜めを通り越して激しく鋭角だったものの、まもりがブラックコーヒー、鈴音がコーヒーヌガーだったことと、部長兼悪魔の彼女が可愛いラッピングの何かを渡した辺りでそれは幾分緩和された。部員たちにはそれぞれ、マネージャーとチアと臨時マネージャーからバレンタインのチョコレート菓子が配られている。長方形のテーブル、奥の短い一辺を部長はひとりで陣取り、角を挟んで隣に彼女が腰を下ろした。一体、悪魔と呼ばれる部長の彼女は何を送ったのか。部室にいる全員が、どうでもいいふりをしながら神経を研ぎ澄ます。

「妖ちゃんにはチョコムース作ったの。帰ったらガトーショコラもあるけど、どうする?」
「食う」
「ん、私も手伝ってあげるね」

会話から察するに、悪魔が糖分を嫌悪しているのは確かなんだろう。しかし、ピンクと白のハイバッグから取り出したココットに躊躇いなくプラスチックのスプーンを突き刺した。掬われたのはココア色のムースと生クリーム。

「ねえねえ、なまえちゃん」
「んー?」
「妖兄って、甘いもの…」

隣に座っていた鈴音が肘をつついて尋ねる。それは分かりきったことなはずなのに、目の前の光景はそれを清々しいまでに裏切っているのだから仕方ない。

「嫌いだよねえ」

そして悪魔の彼女も苦笑いで鈴音の疑念に同意した。にも関わらず、その名で呼ばれる菓子には砂糖もチョコレートも惜しむことなく使われているはず。悪魔と彼女を交互に見やって首を傾げた鈴音に彼女は簡単に答えた。

「妖ちゃん、私の作ったものは食べてくれるから」

そもそもその呼び方からどうなのかと訝しむくらいなのに。悪魔も気にすることなく、ぱくぱくとチョコムースを食べていく。

「まあ、バレンタインと妖ちゃんの誕生日にしか甘いものは出さないけど」

一同がそれぞれに感嘆する中、鈴音がここぞとばかりに気になっていた質問を投げかける。

「なまえちゃんと妖兄って、一緒に住んでるんだよね?」
「うん、そうだよ」
「いつからそんなに仲良しなの?」

その殆どが謎に包まれている悪魔について何か語ってくれやしないかと噂好きの主婦よろしく、鈴音が目を輝かせながら切り込む。悪魔が妨害にかかるかと思いきやそんなことはなく。

「幼稚園のときからだよ。ねえ?」
「おー、十二年前だな」
「そんなに長いの!?」

暗に続きを促す鈴音に気づかず、思惑通りに彼女は続ける。

「うん。隣に引っ越してきて、妖ちゃんのお父さんとお母さん、お仕事が忙しくってよくうちに呼んでたの」

年数にもびっくりだが、悪魔も人の子なんだと思い出せる固有名詞が飛び出したことにも驚く。そりゃ、両親がいるのは当たり前だけど。どういう子供だったのかはさっぱり想像できない。そんな空気に気づいていないのか、多分気づきながらも無視している悪魔はスプーンでココットの底を大きくなぞり最後の一口を口に含む。

「ん、うまかった。ごちそーさん」
「お粗末さまでした」

ココットとスプーンをハイバッグに戻した悪魔と、両手でそれを受け取る彼女。息がぴったりなのは知っていたけど。それを鞄に戻してから、彼女がパイプ椅子をほんの僅かに悪魔の方へずらす。ああ、微笑ましいな、なんて。

「じゃあじゃあ、幼なじみってこと?」
「そうなるかな?」
「なんか少女漫画みたい…。だからなまえちゃんのお父さんとお母さんも一緒に住むの許してくれたの?」
「多分そうじゃないかな。お母さんが言い出したんだし」
「なまえちゃんのお母さんが!?」
「そう。もう一緒に住んじゃえばーって」
「その前から通い妻だったしな」

鋭利な口角も彼女の前じゃナイフのような鋭さはなりを潜めている。悪魔の言葉に彼女ははにかみ、鈴音の目はさらに煌めいた。ここまで来るとゴシップ紙の記者やパパラッチを彷彿とさせる。

「ご両親公認!?」
「違くはないけど…」
「間違っちゃいねえな」

意外と簡単に聞き出せてしまう意外なプライベートに部員は開いた口が塞がらない。あの悪魔が、とみなが思うも命が惜しいので口に出すことはない。

「つーか、ちんたらしてねえでさっさと帰りやがれ」
「りょうかーい!」

鈴音の弾けるような返事に満足したのか、立ち上がった悪魔のその手は、いつから繋がれていたのか、しっかり彼女の手を握っていた。




ココット返してからです