あまり喋らないのはいつものことだけど、眉間の皺とか指先の動きとかで分かる。いま、妖ちゃんは苛々している。しかも、かなり激しく。けれど、何かあったの、とか聞いちゃいけない。妖ちゃんは苛々しているけど、苛々しているということにも苛々しているはず。それを指摘するのは更なる苛々を生み出してしまう。ここは黙っていつも通り。話しかけなさ過ぎるのも、話しかけ過ぎるのも良くない。妖ちゃんは私に当たり散らしたりはしないから、余計疲れさせてしまうだろう。いつも通りの声かけをして食後のコーヒーをテーブルに置く。私はお風呂の準備を始める。妖ちゃんは、平日はシャワーで済ますから私は水道代を除けば気兼ねなくバスソルトを選ぶことができた。いちごミルク仕立てのそれを湯に溶かす。ふんわり漂ういちごミルクの香り。

「先、お風呂入るね」
「ん」

上がるころには多少機嫌が良くなっていると良い。付き合いの長さから傾向と対策は学習済みではあるが、気まずいのはどうすることもできない。たっぷりと湯に浸かり、スキンケアまでを脱衣所で済ませリビングに戻る。機嫌は、あまり変わっていなさそう。くっついたりお喋りしたりしたかったけれど仕方ない。ちょっと距離を置いてソファーに座って、友達から借りた雑誌を眺めた。妖ちゃんの指がキーを叩く音。資料を捲る音。私が雑誌を捲る音。暫くして。

「なまえ」
「んー?」
「ちょっとこっち来い」

ノートパソコンを荒々しく閉じ、乱暴にテーブルに置く。妖ちゃんは疲れたようにソファーの背もたれに頭を載せた。私は雑誌をテーブルに置いて隣に座り直した。すぐさま、妖ちゃんの手が頭に触れる。長い指先。綺麗な指先。ゆるりゆるりと髪を梳いたり頭をなぞったり。きもちいい。

「よーちゃん」

筋肉に包まれた足に手をついて、その頬に口づけた。薄く目を開けた妖ちゃんを見ながら、目の下や瞼や鼻筋を啄む。

「なに苛々してんのー」
「…別に」
「そっかあ」

笑いながら聞いたら妖ちゃんは拗ねたように眉根を寄せる。それがなんだか可愛くって、ただからかいたかっただけの私はくすくす笑った。

「もう寝よっか」
「仕方ねえな」
「はいはい」

相変わらずの強がり、それだって可愛くて仕方ない。いつだって見抜いてあげるから、強気なまんまでいい。私が黙って抱き締めてあげるから、前だけ向いてていい。一息吐いた横顔が、疲労に色濃く染まっているから。いつも抱えられて寝ているけど、今日は私が、妖ちゃんを抱えて眠ろう。