白秋戦後
なんといえば良いのか分からなくて、試合前日は対西部のDVDを流していた。ぬいぐるみを抱えて黙って見ていたなまえにはその意図が伝わっていたようで、その表情は曇っている。
「妖ちゃんはさ、私に弱いとこ見せてくれないよね」
ベッドに横たわる俺と、腰かけるなまえ。寂しげな悲しげな目で、なまえは俺を見る。いつも笑っている口元は一文字に結ばれていた。
「好きな女に格好悪ぃとこ見せられっかよ」
「…まもりちゃんには見せたんだよね」
そう言ったなまえの視線を追いかけたけど、目が合うことはなかった。殆ど無表情で、なまえはどこか遠くを見るようにぼんやりと目を細めている。
「なまえ、」
「なんか」
俺の言いかけた言葉を遮ってなまえは少し黙る。うまくいかない。その目の奥で嫉妬が燻るのを幾度か見たことがあるのに。なまえはそれをうまく鎮火させる。醜い感情だと認識しているのだろう。大事にしたくても、してても、足りないときがあるのは分かっていた。アメフトについて譲れないことはなまえもよく分かってくれているけれど。
「妬けちゃうな」
なまえは眉尻を下げて、困ったように微笑んだ。
「なまえ」
左肘をつき体を起こそうとするのを、なまえの手が優しく肩を押す。あくまでその目も手も口調も優しいのが、痛い。
「なまえ、俺は、誰よりなまえが大切だと思ってる」
何よりとはいえないけれど。アメフトとなまえは比較できるものではないし、するものでもない。それでも、なまえを愛しているのは間違いない。
「うん、分かってる。ごめんね」
「…謝んなきゃならねえのは俺の方だ」
「そんなことないよ」
もっと、我が儘を言えば良い。俺を責めれば良い。泣いて嫌がれば良い。我慢して笑ってなくて良いんだ。
「俺は、なまえみてえに強かねえ」
一度にあっちもこっちも抱えられるのは人より優れているとは思う。けれど、疎かになっていたんだろう。いつでも肯定してくれるなまえに甘えて。それでもなまえは、自分のことだけでなく俺のことも抱えているのに。毎日家事をすべてこなして、土日はバイトだって続けて、俺と同じ大学に行きたいからと勉強にも時間を割いて、勿論友達との付き合いも疎かにせず。それだというのに。
「私が強くいられるのは、妖ちゃんがいるからなんだし」
真っ直ぐで、優しくて、人を思いやれて、眩しくって仕方ない。自分のことばかりな俺は、だからなまえに焦がれているのかもしれない。だから不安になるときだってあるのだ。独り善がりなのかもしれない。ある日帰ったら、此処になまえはいないかもしれない。いつ愛想を尽かされたって文句ひとつ言う権利はない。ろくに構ってやれもしないで。
「頑張ってて、一生懸命で、アメフトのことばっかりだけど、ばっかりだから、格好良くて」
これ以上ないくらい好きなのに、毎日毎日、もっと好きになるんだよ。伏し目がちに、なまえは穏やかな声を紡ぐ。病院でシャワーを浴びてからワックスの載っていない髪をその指先が梳く。
「そのたびに、妖ちゃんが私だけのものになれば良いのにって思う」
「なまえの、ものだろう」
「そうなの?」
「ああ」
閉じた目の上に手のひらが置かれる。明かりが完全に遮断された中で。唇に柔らかい感触。
「私以外に、弱ってる妖ちゃんなんて見せないで」
冴えたしっかりした声が振ってくる。なまえが我が儘を言ったのだと、分かった。
「私は妖ちゃんのものだけど、妖ちゃんは私のなんだから」
手のひらがゆっくり離れていく。
「ああ、分かった」
眉根を寄せたなまえは、痛々しく表情を歪める。
「ばか」
それでも、すぐには許せなくて、怒ってもいて、悲しくもあって、寂しくもある。うまく選べない感情の名より、なまえは遥かに妥当な言葉で俺を責めた。