「…なにしてんの」
うんうん唸るなまえを横目で見やった。喉に手をやって、立ったままひたすら発声練習を続ける声がおかしい。黙ったと思ったら難しい顔をしているし。
「なんか…喉が変」
「風邪か?」
「そうかもしんない…。やばい、妖ちゃん近づかないでね」
「無理だろ」
「移ったらどうすんの!」
マスクマスク、と救急箱をあさる後ろ姿にそっと近づいて、額に左手をまわした。
「わっ」
手をのせたまま額を後ろにそらせたなまえと目が合う。お目当てのものをもう掴んでいたらしく、見つめ合ったままなまえは個包装のマスクを一枚引っ張り出して救急箱を閉じた。
「体温計もだな」
「えっ、熱はないよ!」
「いや、ちょっと熱い」
閉ざされた蓋にかけた手をなまえは動かそうとしないから、右手を伸ばして救急箱を再び開ける。なまえは疲れそうな首を正して手の行方を追う。ケースに入ったままの体温計を取り出し、親指で電源を入れた。額から手を外し、緩い部屋着の首元を人差し指でひっかける。
「ちょっと! 妖ちゃん、セクハラ!」
「こんくらいで騒ぐなって。ほら、体温計挟んでろ」
「もー、妖ちゃんのバカ!」
指はさっさと払われてしまったが、なかなか良い眺めに満足してソファーに戻る。微熱程度には上がっているだろう。もともとが高めであるから、怠いぐらいの認識でしかないのかもしれない。体温計を伸ばした首元からはみ出させて、なまえは数字の上昇を見守っている。
「えっ…うっそだあ」
なまえが話しかけていた体温計はやっと電子音を鳴らす。わきから引き抜いたそれを軽く拭って、凝視。
「妖ちゃん…」
「なんど」
「さんじゅうななてんよん」
「冷えピタくっつけてもう寝ろ」
「うん…そうした方が良い気がする」
なまえは救急箱を戻して冷蔵庫を開ける。口の開いた入れっぱなしの冷えピタを取り出して額にくっつける。キッチンを出ようとしてから思い出したように流しへ戻り、コップに水を注ぐ。俺は救急箱から風邪薬を取りに行く。
「ほら」
「ありがと〜」
目の焦点も呂律も足取りもなんら危なっかしいところはなく、なまえはそのまま風邪薬を嚥下してコップを戻した。
「じゃあ私先に寝てるから」
「おう」
「妖ちゃんも早く寝るんだよ」
「気が向いたらな」
「間違ってもちゅーとかしないこと」
「無理」
「…マスクの上からなら許す」
「拷問か?」
「違います。明日までには治すから、おやすみ!」
「おやすみ」
マスク越しにキスして何が楽しいのかさっぱり分からないが、今日くらいは言われた通りにしてやるかと考え直す。が、やっぱりそれは寝ているなまえの睫毛の誘惑により、取り下げられることになる。
そうして妖ちゃんの喉の調子が悪くなると