いま考えたら、相当くだらないことだったかも。逆ナンされただけの妖ちゃんに罪はないし、露出の激しい女の人はいつまでも妖ちゃんに纏わりついていたけれど、あまりのつれなさに怒っていなくなってしまったし。
でも、私は違う。観光にきたという団体に道を聞かれていただけ。まさか妖ちゃんが見ていたとは思いもしなかったけど、やましいことなんて何一つない。思わず、実家に帰らせていただきますと飛び出てきてしまった。本当に実家に帰るのは、妖ちゃんの立場を考えると良くない気がしたから実家近くの公園で暇を持て余し中。確かに妖ちゃんは悪くない。こんなことなら黙っていれば良かったのかも、と思ったが後の祭り。からかってやったら、まさか私の方まで見られていてからかい返されたのにちょっとイラッときてしまった。
案内してって言われたら何も考えずについて行きそう、だなんて心外すぎる。だいたい、妖ちゃんのせいで顔の知られている私に話しかけようなんていうチャレンジャーは、少なくとも東京にはいない。
考えているうちに苛々が増してきたから、座っているだけだったブランコを思いっきり漕いだ。とりあえず何も考えずに、足を屈伸させて距離を伸ばし続ける。景色を見ていると具合が悪くなるから、目を閉じてひたすら足を伸ばして畳んで。
「酔うぞ」
足を伸ばして頂点に達していた背中に、手のひらが当たる。ついた勢いはすっかり吸い込まれて、その手がゆっくり導くままに地面に足がついた。
「べつに」
「…帰るぞ」
鎖を掴んでいた手を握られて引っ張られたけど、下を向いたまま、立ち上がってなんかやらない。
「…悪かったって」
「…いいよ、べつに」
「これ、」
するりと手が離れて、妖ちゃんの気配が後ろに来る。ひやっと鎖骨の中央のくぼみの下に、金属が当たった。見下ろせば、明らかに男物な太いチェーン。クロスに巻きつく茨と蛇、中央にスカルが据えられた、五センチを優に超えるペンダントトップ。
「やる」
「…首輪?」
「そんなとこだ」
長めのチェーンはペンダントトップを、深くない谷間にまで落としてくる。見るからに男物。明らかに男物。どう見ても、彼氏から貰いました、だ。
「ずるい。私もなんかあげたい」
「墨でもいれるか?」
「それちょういい」
笑ってるうちに、妖ちゃんの顔を見れることに気づいた。谷間に先端を落ち着けたペンダントトップは、胸元からはあまり見えない。首輪代わりに付けっぱなしでも大丈夫だろう。
「お揃いがいい」
「なまえもいれんのか?」
「だめ?」
「だめ」
「ずるい」
「ずるくない」
「ずるい」
見上げて睨んでやったら、まるでごまかすように妖ちゃんが口づけを寄越す。
「なまえの方がずるい」
一度離れて、触れるか触れないかの位置で妖ちゃんは喋る。私が反論しようと開けた口を、妖ちゃんはまた塞いだ。ブランコの鎖を掴んでいた手に、妖ちゃんの手が重なる。ストラップ、リング、チェーン、ペンダントトップ、ブレスレット、ピアス。一番良いのは、いつも私が隣にいることなんだけど。