幼なじみちゃんと阿含
「ごめんね、待たせちゃって」
そう声をかけたら、ホスト然としたひょろい男は如何にも嫌そうな顔をした。男はこちらに振り向いていたから気づかなかったのだろう。しつこく声をかけられていた女の方も、目の奥に嫌悪の色を僅かに見せていた。ひょろいホストはさっさといなくなって、彼女は少し距離を置くように離れる。
「ひでえなあ、助けてやったのに」
「…どうもありがとう」
「どういたしまして」
土曜夕方。すぐそこの駅は人の出入りが激しく、キャッチもナンパ野郎もそれ目当てもごまんといる。彼女の隣に立って背を預けたら、じりっとまた僅かな距離を取られた。
「アイツの女に手なんてだすかよ」
「…分かってるよ」
「なに、待ち合わせ?」
「うん」
「安心しろ。俺もだ」
濃い茶の髪は緩く巻かれて左耳の上でハーフアップ。セーラー服姿は何度か見たことがあるが、淡い色合いの私服を見るのはまだ数度。握っている携帯には中学の頃から同じ、アイツと揃いのストラップ。それでもまだ幼なじみだったということで、アイツを幾度かからかったこともある。
「つーか、同棲してんだって?」
「うん、去年から」
「どーよ」
「どーよって…、楽しく仲良くやってるよ」
「なんか…うぜえな」
「じゃあ聞かないでよ」
アイツとは危ないこともしてきたし、高校受験のこともあるし、苦手なのか嫌いなのかは計りかねるが彼女の態度はいつも通り刺々しい。駅前の大きな時計が五時を指そうとしている。
「まァ、いんじゃねー」
「おかげさまで」
「思ってもねえことを」
「思ってなくないよ」
「…へー」
「妖ちゃんと、なんていうか…息ぴったりだし」
「残念なことにな」
「妖ちゃんはたぶん、残念って思ってないけどね」
サングラス越しではあるが、ちゃんと目が合って彼女は笑っていた。息がぴったりなのは、お前の方だろうと思ったがそれは言うまでもない。
「聞いたよ。なんていうか…改心したんでしょ?」
「…どこ情報だソレ」
「ともだち」
「…余計なことを」
「でも、ちょっと丸くなったよね。空気が」
「…なってねえよ」
「なってるなってる」
中学のときより大人びた横顔がころころ笑う。背中のむず痒さに舌打ちをしたけど、彼女はちっとも怖がらない。アイツで鍛えられているのか、もともと怖くないからアイツとも付き合っていられるのか。だから、ずっと想っていたんだろうなというのは想像に固くない。
「だから、妖ちゃんと仲良くしてあげてね」
まるで母親のような言葉をさらっと言う。まだ幼なじみのときから思っていたが、こいつらは距離が近すぎる。そうしてそれに違和感やらを抱かない。特に、彼女の方が。傍にいるのが当たり前。好きでいるのが当たり前。想っているのが当たり前。そういう空気で満たされている。
「頼まれちゃ仕方ねーな」
「ありがと。…あ、」
顔を上げた彼女が駅の出入り口を見つめる。分かっていたが視線をやると、今日もふてぶてしく憎らしい金髪がいた。
「妖ちゃん!」
彼女は俺に気にもかけず、踵の数センチ高い靴でアイツのもとへ走り寄る。その会話までは聞こえない。一度、アイツは視線を寄越したから、なんもしてねーよと口だけ動かした。すぐに彼女が振り向いて手を振る。悪い気はしない。ゆるゆると振り返せば、アイツも片腕を上げた。ふたりが駅に消える直前、お幸せにと呟く。こちらを見ているわけもないと思っていた鋭い口角が、お前もな、と動いた。そんな気がした。