十文字視点
定期試験の結果によって部活動停止もあり得るし、試験をパスするだけでなく提出物という厄介事に部員の半数以上が頭を抱えていた。試験内容に直結する提出物は対策がてら消化していけるものの、レポートだの、そのレベルまで及ばないであろう応用発展問題だのを片付ける時間はない。マネージャーを含めた二名の部員で、それぞれ一年と二年の低レベル気味な試験対策を聞き流しながら、部長と臨時マネージャーは無言でシャープペンを走らせている。有難いことにそれなりなおつむのおかげで、授業をまるっきり聞いていないような質問が飛び交う中で勉強しなくても赤点を余裕で免れるであろう俺は、隣あって座る彼らの向かいで同じように黙ってワークブックを解いていた。
「チッ」
字体を意識しながら、なるたけ馬鹿らしく文章を書き続けていた部長が舌打ちをした。後ろの連中は気づいていないように騒ぎながら、公式と解き方を頭に詰め込んでいる。一体何が気に入らないのか、と思うも触らぬ神に祟りなしという先人の教えに倣った。部長の隣に座って同じように、字体を意識しながら難しい問題はわざと間違え赤ペンで訂正するという作業を繰り返していた臨時マネージャーもとい部長の彼女が、左手を下ろした。どうやら足元にある鞄の中に手を突っ込んでいるらしいが、彼女の目線はワークブックから離れていないし、右手は忙しなく動いている。体勢を戻した彼女の左手には、口の開いていないガムが握られていた。なるほど、と思うも、部長は舌打ちをしただけ。彼女はペンを握ったまま解答を見つめながら、板ガムのパッケージを開ける。そのまま、部長の方へ手を伸ばせば、そちらを見もしないで部長はそれを受け取る。会話もないし、視線も合わない。流れるように自然な動作が当たり前に行われたのを目の当たりにして、溜め息が出た。
「どっか分かんない?」
目敏く、というか耳敏くそれを聞きつけた彼女が顔を上げた。
「いや、大丈夫」
「そっか。分かんないとこあったら言ってね。私も分かんないかもしれないけど」
「いや、助かります」
彼女はにっこり笑って視線を戻す。命が惜しいから、俺も小難しい問題に目を向けた。またしばらく、このテーブルにだけ沈黙が訪れる。背後からは未だに基本の基本を教える声。
「ふう」
やっと数学が片付いて、化学に取り組もうとしたら彼女の方が一息吐いた。彼女は数学のワークブックを閉じて脇に寄せ、また同じものを開く。すいっと部長が、テーブルに置いていた飲みかけのスポーツドリンクを指先で持ち、彼女の手元に置いた。
「ありがと」
半分ほど減っている飲みかけに、彼女は気にせず口をつけた。キャップを締めて、腕を伸ばし元あった場所へ戻す。またもや、特に会話もなかったというのに。
「妖ちゃん、あとどれくらい〜?」
「これと同じものをあとふたつ、時事問題の考察をみっつ」
「そっかあ、先は長いね。私はあと、数学のワーク二冊と化学のワーク三冊…」
「あと二時間で終わるか?」
「終わらせる〜! 妖ちゃんは? 終わりそう?」
「なんとかな」
「じゃああと二時間頑張ろっ」
彼女と話しているときの部長は別人だ。なんていうか、その辺一帯の空気が違う。安心して息ができるというか。鬼でなく悪魔も人の子なんだなと思いながらもワークブックの丸付けに取りかかった。