私の何がダメなのか、考えてみるとダメじゃないところを見つけられない。すれ違ったり視界に入ったり、私の劣等感を刺激するものたちがこの世には溢れている。けれど、誰かの幅の広い二重や、下向きの鼻、白い肌とか、華奢な腕や脚が私を傷つけるわけじゃない。
いつだって、私を傷つけるのは私だ。





出せずにいるピースサイン
震えた手でつくってた
何を見つけたかったの
今も描けるでしょう








「泣かないんだね」
「なんで?」

私は少しも気にしていないふうに、笑いながら答えた。
放課後の教室は閑散としている。幸村も私も内部進学が決まっていたが、かと言って暇なわけではない。私は自主的に放課後行われている講習に参加していたし、幸村はテニス部としての活動を続けている。だから、この時間に、忘れ物を取りに来たこの教室で、遭遇したのは本当に偶然だった。
何か目に見えないものを極端に恐れている私は、例え好きな人がいてもそれを知られまいとしてきた。必ず失恋すると自分でよく分かっているからだ。私の恋は破れるからだ。選ばれぬということは、恥だからだ。
でも、幸村にはお見通しだったらしい。そうとは言わないけれど、たぶんそういうことを言いたかったのだろう。窓際の私の席の後ろの机に腰掛けた幸村に、赤い光が降り注ぐ。幸村とゆっくり話すのは久しぶりだな、と思いながらその顔を見ていた。
私は私がヒロインになれないことを知っている。いつ知ったのかは、覚えていない。
私と幸村は似た者同士だ。少なくとも私はそう思っている。私たちは生きることに楽しみを見出せない。手に入らないものがあることをすでに理解している。そして、自分の無力さも。

「幸村は良いよ」
「…そうだね」
「私の欲しかったもの、全部持ってる」

幸村の投げ出された細い脚。男の子はずるい。最近、私はよくこう考えるようになった。多分それは、私が女になってきたからなのだ。初潮が来て、身体に肉がつき始めて、少しずつ変わっていく感触や感覚を戸惑いながらも受け入れ始めたのかもしれない。
いままではそう感じたこともなかったのに、男の子の腕や、指や、肩幅や背中の広さ、首の太さ、そういうものを私は理解し始めた。つまり、初恋だったのだ。
いつからこんなに、無いものを数えるようになったのか。欲しくてたまらないものはいつだって私のものにはならない。いつだって。
私が持っているものは、私の欲しいものではない。
幸村の持っているものは、幸村の欲しいものではない。
それでも、欲しいだなんて思ってはいけない。叶わない希望は粉々に砕けて、その破片は私の心に突き刺さる。私の肌は小さな小さな破片を飲み込んだまま、私は痛みに苛まれながら後悔する。叶わないと分かっていたのに。叶わないと、分かっていたのに。
欲しがりなんかするから、こうなるんだ。

「なまえ」

幸村のハスキーな声が私の名を呼ぶ。うん、私は小さく返事をした。華奢な幸村だってちゃんと男の子で、細くない首に浮かぶ喉仏には影ができている。幸村は確かにあまり男性的ではないけれど、でもよく見るとちゃんと男の子だった。綺麗な形の鼻も、色の薄い唇も、余分な肉のない輪郭も、すべて女の子のそれらとは異なった線でできている。
私に色々なものが見えるように、きっと幸村にも色んなことが見えているのだろう。だから、こうやっている私にもどかしさを感じることだろう。離れて見れば、答えなんてすぐ見つかることくらい知っている。私の目は、私の色々な感情に邪魔をされて正しいものを正しく見ることができなくなっている。
分かるよ。私が心の中でそう呟いたとき、幸村も静かにそう言った。なんとなく、笑えた。

「なまえが好きなひと、と、なまえを好きなひと、は必ずしもイコールじゃないね」
「私を好きなひとなんて、この世に存在するのかなあ」
「イコールじゃないから、ふたりとも幸せになれないんだよ」

私の足を止めさせていた、窓の向こうの彼の小さな姿を目で追う。胸が締め付けられる。愛されるような私じゃないことなんて、もうずっと分かってた。でも、彼に愛されるのが私じゃないという現実は、私の理解を遥かに超えて私を傷つける。
どうしてダメなんだろう。
どうして私は、ああじゃないんだろう。
飲み込む、すべてを、ひとりで抱えながら。傷ついても泣けないわたしを抱えながら。
なまえ、と幸村はまた私の名前を呼ぶ。うん、と返す。私がどこか遠くへ行ってしまうのを、阻むように。私にもまだ、分かり合える誰かがいると、証明し続けるように。
幸村を好きになっていたら、私は幸せになれたかもしれない。けれど私は、いつもわたしを幸せにできないから。

「幸村」
「うん」
「ありがとう」
「いいよ」

私たちは、幸せになれないのかな?
そう思いながら、窓の手すりに乗せて組んだ両腕に顔を半分埋めて幸村を見た。その口角は上がっていたけど目は悲しそうで、私たちは共鳴していると思った。
複雑な感情たちに足も腕も絡めとられてがんじがらめになっている、私たちは、同じような境遇の誰かを探していたのだと思う。この身に余る孤独を、理解してくれる誰かを。足も腕も奪われていても、ここから動けなくても、何も掴めなくても、口を開いて、語り合って、分かり合う、そんな、誰かを。

「幸村とは、分かり合える気がする」
「光栄だね」
「思ってもいないくせに」
「思ってるよ」

幸村は、思ってる、とゆっくり繰り返した。
陽が落ちる。真っ赤な太陽は、それでもひどく眩しくところどころ破れた姿で、海に沈んでいく。私はそれをぼんやり見る。たったこれだけで、どうしてこんなに切ないんだろう。

「なまえと、ここで出会えて良かったよ」
「…うん」
「もうすぐ卒業だけど、」
「うん」
「また三年、一緒だ」
「そうだね」
「なまえ」
「んー?」
「…いや、なんでもない」

幸村の、その優しさに甘えて、笑い合った。
傷を舐め合うためじゃないと証明したい。私にだって、誰かを幸せにできると証明したい。孤独を埋め合うためじゃなくて、ふたりで無限の未来を描くために一緒にいたい。
そうなれる私にならなきゃいけないことも、分かっている。
私を見捨てないでいてくれる、慰めてくれる、許してくれる幸村に、応えたかった。
本当は私にだって、答えは見えている。与えられた手札が気に食わないからヘソを曲げて、ちょっと躓いただけで大袈裟に痛がっているだけ。分かってる。分かってるよ。もっと頑張らなくちゃいけないこと。それは、どれだけ頑張っても終わりはないこと。
それを、思い出せる。思い出させてくれる。幸村に、私も何か返せるように。私にだって、まだ、そう思う心が、あるよ。

「あったかくなったら」

縮こまっていた体を、うんと伸ばす。私の柔らかい体の先の先まで、血が回っている気がした。

「行ったことないとこ、行かない?」
「良いね」
「なんか、気分転換、したいな」
「じゃあ、俺となまえの約束だ」

出された小指に、小指を絡める。幸村の意外と太くて大きい指に、男の子の作用を感じながら少し安心する。
いつか、胸を張って、幸村を好きと言えるように。好きになれるように。幸村を好きな私が、私にとって恥ずかしくない完全無欠な私でいられるように。それは私がしなくてはならない努力だって、私はこのとき深く噛み締めた。











全体的によく分からなくなったけど、なんか思春期っぽいね…?