「外に出たくない」
「それ何回目ですか」
「エアコン考えた人、神」
「同意しないこともないですけど」
「外に出たくない!」
外に冷たい食料と飲料を調達しに行ったら、これだ。首筋を伝う汗が不快で、さっさとシャワーを浴びた。室内はエアコンのおかげで快適そのものだというのに。
大画面テレビの中では、高校球児たちが夏を謳歌している。昔、夏休みにおばあちゃん家で見ていたときは、みんな歳上だった。それがいまや、全員歳下だ。当たり前だけど。
夏だ。知ってるけど。なにせ、外は灼熱地獄なのだ。エアコンがなくては溶けて死んでしまう。
「プロ野球ももちろん好きだけど、高校野球ってさ…なんか眩しいよね」
「…なに、感傷的になってるんですか」
「夏って…どうしてこんなに短いんだろう」
「これ以上長ければ、あなた本当に溶けるでしょう」
「うん…確かに…」
悠くんの指は、ゲーム機の小さなボタンを素早く押している。
バットがボールを跳ね返す音。歓声。ブラスバンドの演奏。これぞ、青春。そんな、熱くて、切なくて、楽しくて、ときめく、夏。
「なんか…私、おとなになっちゃったな」
「おとなだって、悪いことばかりじゃないでしょう」
「そーなんだけどさ、なんか、若いってすごいな…」
「そんなこと言ってたらあっという間に年寄りになりますよ」
「うん…まだ若い…悠くんより若いし…」
あの頃はどうしていただろう。
夏休みは、自由だった。日々の学業から解放されて、自由だった。早起きしなくてもいい。好きなだけ夜更かしができた。制服じゃなくて好きな服を着て、お祭りに行ったり、旅行したり、楽しいことばかりだった。それに、ほんのわずかなスパイスの宿題。
おとなになったら、自由ではあるけれど、時間はない。お金はあるけれど、元気はない。女子高生特権の象徴だったブレザーはスーツに代わっただけだった。
「悠くんは、過去にとらわれなさそう」
「ご名答です」
「ダメだな、私」
「暑さで頭がおかしくなっているだけでしょう」
「…うん」
飛んでいく白球。迸る歓声。ベースを踏んで、駆け抜けていく白いユニフォームに黒いソックス。
いま、誰かの夢が突き抜けていく。
いま、誰かの夢が遠ざかっていく。
ソファーにもたれる悠くんに、もたれる。
「どうしてあの頃できたことを、いまできないと思うんですか」
「…悠くん」
「私たちは大人なんですから、お金さえあれば大抵のことはできるんですよ」
悠くんは、微動だにしない。ただ親指だけが動いている。そんな悠くんに、腕を回して密着した。
私にとって、悠くんが精神安定剤のようなものだ。悠くんは、私に必要なものや言葉を、正しく過不足なくくれる。
「着飾って祭りに行きたいのであれば、行けば良いんです。海にだって、避暑地にだって、行けば良いんですよ」
「…うん」
「感傷的になる暇があるのなら、気分転換に買い物にでも行ったらどうです、夏なんですから」
「…一緒に行こ」
「良いですよ」
「悠くんと色んなところ行きたい。色んなもの食べたい。ねえ」
「なまえさんが言うなら、どこにだって付き合いますよ」
ことも無げに言う悠くんの頬に口づける。唇で感じる、頬の感触。
遠ざかった誰かの夢は、どこにゆくのだろう。終わった夏は、一体何だったのだろう。グラウンドにこぼれて吸い込まれた涙は、きっと積み重なって、それがあの場所に青春という幻を見せるのかもしれない。
突き抜けた誰かの夢は、やがてどうなるのだろう。いつか、果てに辿り着くことは、あるのだろうか?
「おとなになって、良かったなぁ」
「また調子の良い」
「悠くんに出会えて良かった」
悠くんが首を動かして、私の頬にキス。
テレビからは、ブラスバンドの高らかで澄み切った音色。
生きていて、ほんとうに良かった。一日ずつ、積み重なる私が、いまの私になっている。悠くんが、不感症な分、私がたくさん感じていよう。
遠ざかったから、無かったことになるわけじゃない。夢に向かった、そのひたむきな努力が、無かったことになんかなるものか。そうやって、積み重なっていく。すべてが。
突き抜けた夢は、結局、また誰かをどこかへ導くのだ。誰かをまた、追い立てるのだろう。
夏と冬だけが、私たちに焦燥感を抱かせる。私たちを駆り立てるのは、春や秋のような、優しい間奏じゃない。私たちはそこから、あの心を掻き立てる季節を思い出す。待ち焦がれる。
私が悠くんの思い出になって、悠くんが私の思い出になるように。そんな、人生にしよう。
そう思って、目を閉じた。
あの…すみません…ちょっと、オートフィクション…
でも夏と冬についてはまた書きたい