「殺してください」
喋る度に、泡と化した血が溢れる。仰向けに倒れた私に背を向ける弥鱈さんに、上手くピントを合わせられない。必死で吐き出した言葉も、すっかり無視された。戦闘能力の差から見ても、私にできるのは弥鱈さんをほんの数分足止めする程度に過ぎない。そこに、躊躇いが加わればさらに、私は無力に近付く。膨らめない肺は、私の頭を侵食する。手足は軽傷だというのになかなか動かせない。
「み、だら、立会人」
どうして無視するの。息が詰まって私は激しく咳き込んだ。びちゃびちゃと血が飛ぶ。早く、なんとか言って。私に言って。ぐわんぐわんと耳の奥が鳴る。少しずつ、喧しさは増していく。辺りの喧騒までもが固い床を通して増幅されて再生される。空気を介す音が、完全に無力化してしまう前に。声が聴きたい。
「み、だら、たちあいにん」
「黙りなさい」
緩やかに、少しだけ振り向いた無傷の顔を、覚えていられるように、目を細めてピントを合わせる。その頃にはもう、視線を外されてしまっていた。勿体無いことをした、とぼんやり思った。瞼を開けておく必要がなくなったので私は目を閉じた。視覚が遮断されると途端に聴覚と触覚が研ぎ澄まされる。耳鳴りは激しさを増している。指先は床を冷たいと感じない。どこまでが床で、どこまでが私か、朦朧とした意識の中では曖昧になってくる。もう死ぬだろう。いますぐには死ねずとも、暫くすれば死ねるだろう。弥鱈さんに、死なせてもらえて良かった。
「…死なせません」
足音が、頭に響く。それも沢山、荒々しく床を蹴っている。痛い。煩い。弥鱈さんの、いつも通り覇気のない声が、空から落ちる。少しだけ目を開けた。意外と大きな黒い目が私を見ていた。
「肋骨が肺に刺さっています。 揺らさないように、至急搬送しなさい」
何人もの黒服が取り囲む中で、弥鱈さんの背中が遠ざかる。後で私は何かしらの処分を受けるのだろう。帰らなければならないのならいっそ、殺して欲しかった。ふわり、と浮く。喧騒から離れると私の生きている音がよく聞こえた。
能輪を粛清する直前…?