辺りを取り巻く喧騒も、今夜は心地いい。濃紺に映える祭り特有の灯りがちらちらと僅かに揺れている。

「わ、すごい人だかり」

自分の左隣りで彼女は呟いた。確かに、前にも横にもたくさんの人が歩いていたし、いつの間にか後ろにも人がいた。手、繋ぎたい、と思うも柄じゃなくて言い出せないまま、波に飲まれていく。ゆっくり進みながら、気にした左隣り。彼女の気配は、ない。少しだけ焦って振り向いたら少し後ろ、困った顔をした彼女を見つけた。邪魔に思われながらも隙間を縫うように波に逆らう。

「すみません…」

見上げたその目は安堵の色を浮かべて、ほうと彼女は小さく息を吐く。自然に、自然に。緊張するなんて柄にもない。こんなことを思うなんて柄じゃない。

「手、繋ぎませんか」

隣りに落ち着いた彼女に、左手を差し出す。彼女は弾かれたように俺を見て、はにかんだ。

「…はい」

紺地の浴衣から伸びた白い指先が絡む。長い髪を結い上げた見慣れない彼女は、色鮮やかな菖蒲が咲いた浴衣を着て、涼しげにうなじを晒している。気のせいか少し、幼い雰囲気。気恥ずかしいのに、彼女に気づかれないようにちらちら見たり。なんだかな、と小さく溜め息を吐いた。

「…お祭りとか、あんまり好きじゃないですか?」
「なまえさんと来るなら、悪くありません」

彼女は小さく笑う。そして何かを見つけた彼女は繋いだ手を少しだけ揺らして、桃色に色づく指先を屋台に向けた。

「弥鱈さん、かき氷、食べませんか?」
「…私は結構です」

そう言いながら強く握った彼女の手をひいて、赤い字で氷と書かれた紙を垂らす屋台へ向かう。彼女が顔色を窺うように、じゃあ一口、と言ったから、頂きますと返した。表情が綻ぶのが手に取るように分かる。

「いちご、ひとつ下さい」

巾着から財布を出そうとする彼女をやんわり制して、氷が削れる涼しい音を聴きながら、財布から百円玉を三枚取り出した。元気なかけ声の店主にそれを渡し、彼女は赤く染まったかき氷を受け取る。

「弥鱈さん、弥鱈さん」

先ほどより近い距離で、彼女と目があった。食べにくそうなスプーンにかき氷を掬って、口元へ寄せてくる。期待の眼差しに応える為に、少し首を曲げスプーンを口に含む。冷たくて、甘い。するりと舌の上で溶けてしまう。

「甘いですね」
「美味しいでしょう?」
「ええ」

しゃりしゃりと氷を崩しながら、彼女は躊躇いもなくそれを食べていく。そしてたまに、はい、と小さな一口を差し出した。宛てもなく人波に流されているだけの時間。はしゃぐ彼女を見ているだけで、十分。

「…そういえば」
「どうかしました?」
「そろそろ花火、」

と、言いかけたときにドン、と遠くの空が鳴った。何度も何度も地鳴りのように咲く音は辺りの音を覆い隠して、盗み見た彼女の瞳に鮮やかな花火が見えたけど、すぐに反らす。行列の端に避けて立ち止まると、かき氷を片手に彼女がくいくいと肘まで捲られた袖を引いた。濃紺に墨を流したように暗くなった空には、色鮮やかな打ち上げ花火がすべての音を掻き消しながら昇っていく。首を傾けて耳を彼女に近づければ、背伸びした彼女が耳元に口を寄せた。

「綺麗ですね」

薄暗い中だからと自分に言い訳して、至近距離で微笑む彼女に口づけた。なまえさんの方が綺麗です、なんて言えやしない代わりに。