※病んでる




羽根が無いのに檻に入れた。暗い部屋には君しかいないのに目隠しをした。檻の中でもその手首を繋いで自由を奪った。君は俺を憎んでいるだろうか。気が狂うほど俺を憎めば、君の病は癒えるだろうか。憎めばいい。嫌えばいい。そうして、俺を傷つければいい。此処から出たがればいい。

「おはよう、今日は遅いね」

耳を塞がなかったのは、俺の声が聞こえないと駄々をこねられたからだ。自主的に此処に来るのは俺だけだから彼女は来訪者を確認しないし、いつも馴れ馴れしい。そして、嬉しそうだ。そんなもの、望んでいないのに。

「…よく分かりましたねぇ」
「いつもより待った気がしたから」

目隠しを外してやる。黒い目が眩しそうに瞬きを繰り返した。この部屋には薄いカーテンしかない。俺がいないとき、彼女は目隠しをしているからそれで問題はない。手首の拘束を外してやる。彼女はいつもぐるぐる手首を回す。俺はその度、引きつる皮膚を見る。戒めに。目的を忘れないように。両の手首を拘束して、刃物を奪えば、彼女は自分を傷つけない。不安定なときはベッドに拘束することもある。壁に頭を打ち付けて、腕や足に噛み付くからだ。

「あ、もしかしてそれ」
「お土産です」

ケーキの入った箱を渡す。フォークはプラスチックのものを。彼女が肌に刺さないように。今日は落ち着いているようだが。顔を綻ばす彼女を見て、いつも思う。早く出たがれ。早く、自分を傷つけるなんてことに意味も価値も無いと気付け。俺は。

「弥鱈さん」

分解した箱を皿代わりに、ケーキを載せ銀紙の上で一口大にフォークで潰しながら切る。彼女は冷めた顔をしていた。

「私、弥鱈さんが好きだよ」

彼女は手を添えてケーキを口に運ぶ。幾度か噛み締め、美味しい、と呟いたのが聞こえた。良かった、と素直に思う。買うのに全く抵抗がなかったわけではない。

「だから、ずっと此処にいても良い」

いつも思う。俺は、きっと間違っているんだろう。彼女は病んでいないのかもしれない。自由を奪って、自傷行為すら奪うのは、ただのエゴなんだろう。自傷行為をやめさせる方法を、他に思い付かない。彼女は、生きている。病みながらも、自我を意思を思考を感情を持って生きている。だからこそ分からない。だからこそ。

「私は、早く出て行って欲しいですねぇ」

お前が、閉じ込めているくせに。早く、俺を憎めばいい。罵ればいい。詰ればいい。泣いて喚いて此処から出せと訴えればいい。自分より俺を憎めば、これ以上傷は増えないのだろう。感情の矛先を、左腕でなく、俺に向けろ。

「此処を出ないといけないなら、弥鱈さんのおうちで暮らしたい」

ぱくぱくと彼女はケーキを食べていく。二つ目を食べ終わりそうだ。三つ目に手を伸ばして、けれど手は引っ込んだ。

「弥鱈さんが、いてくれたら、多分もうしないよ」

あの日、誓った。その傷に誓った。いまは少し癒え、肉色に腫れたその傷に、誓ったのだ。檻に入れて、目隠しをして、手首を繋いで。誰にも傷つけられない檻の中で、醜いものも汚いものも見えないように視界を奪って、その手が刃を握らないように、その腕が傷を求めないように。もう傷つかないようにと。

「弥鱈さんが、守ってくれるんでしょう?」

小さなその体を。見えない心を。俺が守れると思うのか。俺が、なまえを。

「だから、大丈夫だよ」

手招きをする彼女に従う。しゃがんで目線を合わせれば、彼女の両手が俺の右手を捉えた。大丈夫、と繰り返す彼女の、左腕に触れた。指先は、確かな凹凸を感知する。痛む。胸の辺りが、ずきずき痛む。

「弥鱈さん」

初めて触れた唇は、熟れた苺の味がした。この手を離さなければ、それでいいと、君が笑った。