夜シリーズさん




今日は窓が開いていない。遮光カーテンは閉められたまま。部屋は薄暗い。光の差していない、というのもあるが、彼女に光を吸われている気がした。衝立の向こうへ行くことを許可され近づいてみたら、彼女はベッドの中で上半身を起こしていた。多分、まだ布団の中で丸まっていたのだろう。シーツや絨毯が黒いのは、自傷行為による汚れを目立たなくさせる為だ。よく見ると、所々色が濃い。

「…起こしてしまいましたか」
「…ううん。起きなかっただけ」

左腕の、真新しい包帯が黒いシーツの中で浮いていた。少々躊躇われたが、枕元に近づく。彼女は目だけでそれを追っていた。寝起きの、整えていない黒髪に指を通す。あまり手をかけていない、洗いざらしの髪はすんなり指に割かれていく。

「ありがとう」

またこの声。どちらかと言えばアルト寄りの声が、現実と記憶の中で重なる。

「今日は、」
「最近、食べていないそうですねぇ」
「…あぁ」
「夜行掃除人が、あれでなかなか、心配していました」

彼女は黙った。

「Sランクが減るの、痛いよね。あ、夜行さんがお屋形様に怒られちゃうのかな」

多分、それは違う、と思ったけど言わなかった。夜行掃除人はこれにいつも手を焼くそうだ。あの人が手を焼いているのを見てみたいものだと思う。彼女はなんの為に生きているのだろう。不意に覗く彼女は底無しで、見るのが恐ろしくなる。

「どうして食べないのです」
「食べることは生きることなんだって」

それは暗に、生きたくないと言っているのだろう。扉の脇には、手のつけられていない朝食がワゴンに載せられたままだった。片膝を折って床についた。見上げた彼女の目には生気が感じられない。こんな状態で彼女は掃除をこなしていたらしい。

「生きたくないのですか」
「うん」

彼女は笑った。少し楽しそうに笑った。どうして、こういうときに笑えるのだろう。俺には、分からないことばかりだ。

「どうしてか、分からないけど。あんまりお腹、空かないし」

満腹中枢が異常をきたしているのかもしれない。彼女は、ベッドにかけていた俺の手を握った。

「寝てるか、本読んでるかしてないと、腕、」

手に少し力を入れた。気づいた彼女は続きを飲み込んだ。もう、言わなくていい。

「…食べましょう」

彼女は黙って、少しだけ頷いた。もう一度手に力を込めて、離す。衝立の向こうまで行き、蓋を開け、朝食の上に手を翳す。まだ温かい。カラカラとワゴンを押してベッド脇に寄せる。彼女はぼんやりしている。よく見ると、下瞼の縁に隈ができていた。思い詰めて、眠れないのだろう。

「自分で、食べられるよ」

無視して、小さな土鍋を開けた。少しだけ、緩やかに湯気が立ち上がる。気を利かせたのか、粥だった。スプーンを差し込んで、表面に浮かぶ玉子を混ぜた。少しだけ掬って、彼女の口元に運ぶ。冷ますほど熱くはなさそうだった。彼女はおとなしく口を開けた。

「熱くないですか」
「だいじょうぶ」

まさか、立会人にもなってこんなことをするとは夢にも思わなかったから、黙って咀嚼する彼女から視線を外した。