触れると逃げる髪に指先を取られる。目が覚めて、俺のいないことに気づいたとき、彼女は何を思うのだろう。俺は、彼女に絡め捕られていたいし、彼女を絡め捕っていたい。柔らかい髪は指を動かすとするりと逃げていった。彼女もいつかは逃げて行くのだろうか。サイドテーブルに置いた携帯電話が無情に光り出す。ベッドについた腕を上げてそれを取り、片手で開く。名残惜しくも彼女を起こさないように離れて片側を上げた受話器のマークのボタンを押した。

「…いま行く」

ベッドにかけていたスーツを着る。ポケットに携帯電話を滑らせた。寝室を出、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。少々歩幅を広めに戻りサイドテーブルに置いた。見下ろした彼女はすやすやと眠っている。屈んで頬を撫でた。吸い込まれるように、右の瞼に口付けを落とす。行ってくる。嫌々ながらも、施錠をしエレベーターに乗り込む。自動ドアをくぐった先には、早朝の冴えた空気と白む空が広がっていた。部下はいつも通りの表情だが、呆れが見えないこともない。







立会は難なく午前の内に終わった。後の指示を出して彼女の元へ帰るべく歩を進める。今朝の部下に声をかけられ面倒だが首を回し振り返ったら控えめに、送りましょうかと聞かれた。その方が早いと思い、悪いな、とだけ言う。簡素な鍵の束から、マンションの鍵を掴みノブに差し込み回す。出たときと変わらなかった。彼女が、可愛いと小さな声で呟きほんの一瞬眺めた、踵の高い華奢できらきら光る装飾の施された履き物が丁寧に並んでいる。なんとなく少し離して扉に踵を向けたまま靴を脱いだ。スーツを脱ぐ。ソファにかける。ローテーブルに置かれた雑誌もリモコンも今朝と同じ位置にあった。真っ直ぐ寝室へ向かう。音をたてないように気を使いながらドアを開けた。ベッドの上には彼女の背中が見えた。近づく。横向きに寝ている彼女の左手は携帯電話を握り締めていて、一度起きたことが分かる。なぜ、携帯電話を握っているのか。連絡を待っていたのかと考えてから、自らの愚かさに笑えた。彼女は俺からの連絡を欲するか?分からない、と思った。彼女は俺の寄越す毎月の生活費もあまり使っていない。仕事のことにも俺が話した以上に触れてこない。仕事をし笑顔で客と接する彼女は、世界がひっくり返っても俺には届かないように見える。ワイシャツの胸ポケットに触れた。固い感触。カートンで買う度に貰う、よく見るライターを使う俺に、彼女のくれた1941レプリカ・ハンドサテン・スターリングシルバー。これがあればいい。これがあれば、彼女が離れていくとしても、その手を離せるだろう。煙草が吸いたい、と思った。彼女が起きる前に吸ってしまおう。その肺を汚すのは気が引けるから。




握り締めていたのは星でしたの弥鱈さん視点ぽいやつ