目を閉じている彼女なら、真っ直ぐ見ることができる。灯りのない部屋に、白く浮かぶ肌を撫でた。こんなに愛おしいのに目を合わせられない。未だに人と目を合わせるのが嫌だ。あの、人体の中でも異質な眼球、白に浮く丸い黒目に嫌悪感を抱く。そして、怖い。どんなに顔の作りが違おうと、眼球は変わらない。愛おしいなまえの顔にだって、長い睫毛に縁取られた、目がある。抱き抱えた体は、意思が籠もっていない。人形のようにくたりと腕がそれた。けれど温かく、鼻孔を擽る匂いは眠気を誘う。
「悠助さん」
腕が腰に回る。平静をもたらす声が聞こえたって、顔が見えなくて良かったと一番に思った。後頭部を押さえた手に少しだけ力を入れる。同じように、彼女の腕も強く俺を抱く。
「…起こしましたか」
「ううん」
彼女の体がすり寄ることに安心を覚える。その目は伏せられているか分からないけど、俺を真っ直ぐ見ることはない。視線は交わらないけど、俺はいつもなまえを見てる。彼女が気づいているかは別にして。
「悠助さん、」
「はい」
「悠助さん、大好きだよ」
「…私も好きですよ」
少し掠れた声が、眠たそうにゆっくり空気を揺らす。彼女の指先が触れた肩甲骨がくすぐったい。絡まるシーツを蹴る温かい爪先が布越しに足を引っ掻く。
「悠助さんが、私の目を見れなくても、私はいっつも悠助さんのこと、見てるからね」
細かく区切られた言葉が、首筋を駆け上がり鼓膜に優しく触れる。俺を見るな。なまえが俺を見なければ、俺はずっとなまえを見ていられるんだから。
「でもね、目と目で通じ合うって言うでしょ」
彼女が少しだけ離れた。きっと、あの黒い硝子が俺を真っ直ぐ見るんだろう。彼女が俺を見て、彼女が隠している俺を知ってしまったら、あの日の俺を見つけてしまったら。そう考えているうちにも、通った鼻筋やら、長い睫毛やらが視界に入る。つい、癖で、やっぱり視線を斜め上に向けた。それでもなまえは少し笑うだけ。
「私、悠助さんが大好きだよ」
手のひらで目を覆った。やっと、彼女を見ることができる。そのまま、何か言いたげに開いた唇に口付けを落とした。俺はいつになったら、彼女の目を真っ直ぐ見られるだろう。すべてを晒すことができるようになるだろう。
「…俺は目を見るのが、好きじゃない」
いつになったら、本当は怖いのだと言えるのだろう。視界を覆う手のひらに、なまえの手が触れる。手は重なって、彼女の視界は完全に覆われた。
「それでも、なまえが好きだ」
いまはまだ真っ直ぐ見られないけど。伝わってくれたらいい。ありきたりな言葉に込めた思いを、彼女が拾ってくれたらいい。目を隠されたなまえが、ふっと笑った。
「分かってるよ、私、いっつも悠助さんのこと見てるから」
彼女の目を見たなら、もっと彼女に伝えられるだろうか。与えてばかりのなまえに、貰ってばかりの俺から。手のひらをゆっくり下ろせば、少し伏せられた瞼が、戸惑いがちに上がっていった。