あたしには あなたより 大事なものがある
あなたには あたしより 大事なものがある





(心配なのは あなたのこと忘れそうなこと)

もうこのボスはダメだと分かっていた。
分かっていたけど、私には此処以外の場所がない。だからどうすることもできなかった。
そう思っていたけど、多分それは臆病な私の言い訳で、逃げようと思えば逃げられたのかもしれない。あのとき彼に、すべてを話していたら良かったのかもしれない。
でも私は弱くてそれができなかった。
だから、いま、こんな風になってしまったんだ。
あのひとたちに、深入りすべきでありません。
そう言っていたら、何か変わっただろうか。
腕が痛くて、静かに長く溜息を吐いた。思いを馳せる。
意見なんかしたって、殺されるだけだ。そんなの分かりきったことだ。
ボスは引き際を間違えた。あの賭けで負けた分だけで済ませれば良かったのに。復讐なんてしようと深入りするから、全滅の危機に陥っているのだ。
私たちは、バカなボスのために死ぬ。
嫌だけど、仕方ない。言えない私が、悪い。
低い声がする。目をやれば、私と同じ、ボスのボディガードの男が私を睨んでいた。
はいはい、分かってるよ。いま出てもしょうがないだろ。と視線で訴える。
私と男の間の空間を抜けていく、もしくは私と男が身を潜める壁にめり込む、弾丸。
途切れた瞬間に、はらりと乗り出して幾らか撃ち返す。少し、前進して別の影に身を寄せる。
男もそうするけど、あれのやることはそれだけじゃない。



(心配なのは ずっと一緒に居すぎること)



あのひとの形を思い出す。
ボスが負けた賭けの、仕切りはあのひとだった。不公平なんてとんでもない。ただの逆恨みだ。
それでもボスは絶対だった。
ボスの命で、その場にいなかった私はあのひとに近づき関係を持った。予想通り、知りたかった情報なんてあのひとは一言も喋らなかった。
あれだけ統率の取れた組織の人間が、得体の知れない女にベラベラと内部情報を迂闊に話すなんてことはあり得ない。
時間がかかったのに収穫はなくて、そのときからボスは無駄なことに時間と金をかけているとは思っていた。
彼が何も話さないこと、それくらい、私だって分かっていた。
分かっていたけど、ボスは半信半疑だった。
何も聞き出せませんでした、と報告した。ボスは僅かな沈黙の後、言ったのだ。ほだされたか、と。
勿論、否定したが、多分ボスは信じちゃいない。
そして、ボスの疑惑は、恐らく正しい。
確かに私はほだされたのだ。組織の方針についていけないと感じていた。あのひとは、聡くて優しくて、怖かった。
お酒を飲んでも、一夜を過ごしても、私のことなんかお見通しみたいで。
あのひとが何も喋らなかったのは事実だ。ただ、私の心は、揺らいだ。それは間違いがない。
言えば即、処分されるから言わなかっただけだ。
だから男は私の監視もしている。裏切らないか、逃げ出さないか、任務を全うしているか。
日本で、こんな銃撃戦だなんて、すごいな、と他人事みたいに考えた。もうないな、と思って手元を見たら、やっぱりもう弾はなくて、これはただの鉄のかたまりになっていた。
もうないよ、と銃を振って男に伝える。
まだ時折、銃弾がこちらに向かって飛んでいた。
多分、今日ここで、死ぬ。
雇い主を間違えたことなんて、しばらくするまで分からないものだ。
ロクな人生じゃない。そりゃそうだ。他人を傷つけたり殺したり。そんな人間がロクな人生を送れるわけがない。
誰かを殺して生きてきた私が、誰かに殺されることに異論はない。

「弾がきれましたか」

向こうから、声がした。
任務を全うする、はもう格好だけで良い気になっていた私は、空の銃を向こうへ滑らせた。

「話し合いましょうか」

呑気な声がする。
奥にいたボスが、大きく笑った。革靴が、鳴る。通路をボスが、進む。
目配せをしたから、私と男は後ろにならった。

「この女はお前に惚れたか」

顔を上げる。こっち側として面と向き合うのは初めてだ。把握していただろうが。
苦しいけれど。私は向き合うことしかできないし、それは避けてはならないもの。
あのひとと、あのひとの部下が沢山いる。向けられる銃口。
いつも向ける側だった。
向けられる側になったらどんな気分だろうと思っていた。
別に、いつも通りだ。
どっちにいたって、死ぬときは死ぬし、死なないときは死なない。
ただ、懐かしいあの顔を見れただけで、良い土産になった。

「…さあ、どうでしょうね」

あのひとの一本調子な声に、ボスがまた笑って、振り返った。私に、銃を握らせる。
ずいぶんと嫌な顔で、笑うものだ。
昔は何も感じなかったから、やっぱり私はほだされたんだろう。
それでも、私は残念なことにこちら側なのだ。

「なまえ」
「はい」
「一発だけ入っている」
「はい」
「お前があの男に惚れていないと証明しろ」

きっと、表情はぴくりともしなかったのだ。
いくら他の部下を備えさせているとは言え、自殺行為だ。私たちはもう、話し合いで和解するか、穴だらけになるかしか道がないのに。
何も思っていないように、ボスも死にますよ、と言った。後ろで男が私の頭に向けて銃を構えた音がした。

「お前が撃てたら、全員で死んでやる」

撃てないと、思っている。
そして、男が私を殺して、ボスと男と上に潜んでいる部下たちは生き残るのだ。
おかしくなって、笑った。
私を誰だと思っているのか。



(あたしには あなたより)



「ボス、みんなで死ぬことになりますよ」
「…できるモンならな」

口角を片方だけねじり上げる、下品な笑い方。
私は、そういうのを取り違えるほど、バカじゃない。
手に置かれた銃を握り直す。弾を確認することはない。ボスが一発入っていると言ったのだから、そうなのだ。
あのひとにその先を向ける。
あのひとの部下も、手に緊張が走っている。そうだ。ちゃんと、撃ち殺して欲しい。
そう遠くはない。撃てば、当たる。私の腕なら、狙った場所に当たる。



(大事なものがある)



「仰せのままに」

がうん、と手首がしなった。何とも思わなかった。ただ仕事のひとつとして、テレビのリモコンをいじるように、そうした。いちいち、感想なんて持ってはいられない。
その音が聞こえた瞬間、沢山の銃声がした。
あのひとが後ろに仰け反ったのが見えたと同時に、後ろの気配はなくなり、目の前のボスも体が沢山の血を吹きこぼして視界からいなくなる。
私は、側頭部に強い衝撃を受けて、意識を手放した。
あっけないものだ。


(あなたには あたしより 大事なものがある)
(どうかこの夜が 朝にならないで)
(強く思うほど 願うほど)















眠りから覚めたようだった。
まぶたがすごく重たく感じられて、開けられなかった。指先だけは動かせたから、握らされていたボタンを押した。
なぜそんなことをしたかは分からない。
ただ、もう反射というか、生まれたときから当たり前に決まっていたことみたいに、私は何の感慨も迷いも意思もなく、それを押した。
押してまた、ひきずりこまれるように眠った。











また、起きた。どれだけ寝ていたのか。目が乾いてうまく開けられない。
ぱちぱち、ぱちぱち、繰り返して目を開く。白い天井。眩しい。それより眩しい光が、不自然に遮られた左手には。

「…弥鱈さん、」

もう動けるんですか、は喉で引っかかって、それだけだった。
弥鱈さんは片方だけ口角を少し上げた。ああ、ボスとは全然違う。
そう、思った。
喋ろうとして、うまくできなくて、咳き込んだり唾を飲んだりして、かさかさの声をひり出す。

「なぜ、生きてるのですか」
「あなたの腕が良かったからですよ」

違う、そんなことを聞きたいんじゃない。
弥鱈さんが死んでいないのは分かっていた。
私がたった一発の銃弾を撃ち込んだのは、左の鎖骨の下だ。
胸を撃たれたように見えただろうが、私はちゃんとそこを、狙って、撃った。
弥鱈さんに尋ねるなら、もう動けるんですか、だ。
どれだけ時間が経ったのかは分からないけれど。
私が聞きたいのは、どうして私が生きているかだ。

「あなた以外は全員死亡しました」
「…なぜ私を助けたのですか」

私だけ、銃身で殴られた。
銃弾は、掠りもしなかった。

「…あなたに、ほだされたからですよ」

私は、言葉を失う。撃ち殺さない、確証なんてなかったはずだ。頭を撃たれていれば、間違いなく死んだのに。
どうして、私が弥鱈さんを殺さないと思ったのか。
あの瞬間、弥鱈さんの部下は、私が彼を殺さなかったと分かったのだろうか。すれすれの場所を射て、私が殺したと、思わなかったのだろうか。
弥鱈さんは気にも留めず、あなた以外は全員死亡しました、と繰り返した。

「賢く、腕の良い貴女に、新しい雇い主からオファーが来ていますが、どうしますか」

弥鱈さんが、右手で自らの左の胸の上をさすった。
なぜか分からないけれど、涙が次から次へと溢れてきて、私は仰向けのまま泣いた。腕で目元を隠して、泣いた。
弥鱈さんを、殺さなくて良かった。
例え私があのとき撃ち殺されたとしても、きっと弥鱈さんを殺していたら後悔していた。
撃たない選択肢はなかったし、急所を外す選択肢も選べなかった。
苦渋の決断だった。殺さないと深く誓うことだけだった。私を信じるだけだった。
殺さなくて良かった。
それと同じくらい、生きていて良かった。
あなたに、ほだされて良かった。







the end.







すいまてん、ブルースウィリスのレッドから大事なとこいただきました。
びびっときたんだ…お許しを。
そして、GO!GO!7188でC7。繰り返した歌詞、とても好きです。
戦ってないですが、戦うヒロインでリクエスト下さった方へ。