眠る顔の、なんと生気のないことよ。握る手の、なんと冷たいことよ。けれどどことなく穏やかなその顔で、貴方はいまどんな夢を見ているのでしょう。

「奥様」

からからと開く戸、かけられる低い声。関係者以外立ち入り禁止のこの病室に入ってくるのは、医者か彼の部下だけ。握った手を離さずに、しっかり掴んだまま私は振り返る。強面の部下は昨日と同じ人だった。私が動く気のないことを知ってか、部下は大股でゆっくり近づいてくる。

「何か召し上がって頂かなくては、お体に障ります」

部下が差し出したのは高そうな仕出し弁当だった。いつまでも差し出させておくのも、と思い受け取る。膝に載せる。蓋をサイドテーブルに置いた。顔を覗かすのは寸分の隙もない幕の内。折角用意してくれたんだから、と思うも箸を持つ気にはなれなかった。

「…弥鱈立会人が目を覚まされたとき、心配なされるのではと」
「…ありがとう」

弁当を見つめたままの私を置いて、部下は去っていく。彼と同じ、歩く音も立てずに。その顔を見つめた。頬には弾丸が貫通した傷がある。重傷を負った後も最後まで仕事をこなしていたとは言え、見えるところの傷やガーゼはいたずらに不安感を煽る。私が呼ばれたとき、もうすでに彼は処置済みだった。治療を受けるまで、意識もしっかりあったという。命に別条はない。それでも医者がそう言ったとき、体中の力が抜けた。けれど、この痛々しい姿に涙腺は崩壊しっ放しだった。空腹を感じることもない。気力だけで立っていたのか、もう丸一日近く目覚めない。申し訳ないが、弁当に蓋をしサイドテーブルに置いた。









ぼんやりと暗闇の中に立っていることに気づいたとき、これは夢だと分かった。辺りはすべて真っ暗だから、目線の高さなんて分からない。しかし、足元を見たときに、子供の頃の姿をしていることに気づいた。幼い膝小僧、まだ柔らかい脹ら脛。ここはただ真っ暗だった。前も後ろも右も左も上も下もない。記憶はある。死にかけはしたが、死んではいない。すぐに意識が戻らない程度には重傷だったのか。このまま、ここに立ち続けるのも疲れると思った。どうにかして抜けたいものだ。そのとき気づいた。右手が温かい。低体温の自分の、右手だけが僅かに温かい。彼女が、握っていてくれているのだろうか。自らの欲求に忠実故に、こんなに傷ついた情けない俺の手を。右手に集中する。ここから引き上げてくれと願う。幼い自分の小さな手に力を込めて握り締めた。

「ゆ、うすけさん」

重たい瞼を押し上げた。右手は小さな手を握り締め、小さな両手に握り締められている。その力に反応したのか、瞼を上げきる前になまえに名前を呼ばれた。無言で右側を見る。見開かれた彼女の目、溜まっていく涙に、少し胸が痛んだ。

「悠助さん」
「…すみません」

右手を握る両手に額を当てた彼女は、左右に首を振る。

「良かった…」

絞り出したような彼女の声。それから、腹の虫が鳴く間の抜けた音。顔を上げた彼女は赤い目で、照れ臭そうに微笑んだ。

「お腹空かない?」

その笑顔に安心したせいか、つられて腹の虫が鳴いた。