夜シリーズよん
白と黒のコントラスト。占める割合の高い白に染み付いた黒が目に染みる。点滴パックから液体の落ちる音が時を作っていた。彼女が怪我をし、出血多量で病院に運ばれたと聞き急いで来たはいい。その間に聞いた詳細に、心配はさらに募った。支払いを拒否する人物とそれに雇われた殺し屋を掃除したところまでは良かったそう。それから彼女は、トランス状態にでも陥ったのか、その長刀の一口で自らの腹を切り裂いたという。急いで来たとは言え、彼女が病院へ運ばれてからもう一日近くが経つ。伏せられた目尻がほんのり赤い。血の気があって安心した。睫毛が僅かに震えてぱち、と目が開く。
「弥鱈さん」
いつもと変わらない声。いつもと変わらない光を吸収する黒い目。
「来てくれたんだ」
「…お加減は、如何ですか」
「全然へーき」
座って、と彼女が丸椅子に目をやる。自分の黒いつま先。白い白い部屋を浸食するように、汚すように。
「まだ起き上がれないんだけど」
そう言いながら彼女は困ったように少し笑った。いま自分はどんな顔をしているんだろう。きっといつも通り、目が合わないタイミングで彼女を盗み見るだけ。彼女は痛いくらいに真っ直ぐ正直に生きている。それは限りない痛みを伴いながら。
「…どうかそのままで」
「ありがと」
聞きたくても聞けないこととか、言いたいけど言わないこととか、どうして何の見舞いも用意せずに来たのかとか。正直いうと、そこまで気が回らなかったのだが。
「あのね」
やっぱり、その目と目が合うのがどうも苦手だ。しかし彼女の表情を知りたくて、彼女を見ざるを得ない歯痒さ。彼女にはいつも見抜かれている、錯覚に陥る。その真っ直ぐな目で。
「お屋形様には随分お世話になってるし、夜行さんにもいっぱいいっぱい心配かけてるから、あんまりこういうこと、したくなかったんだけど」
そこで彼女は一息吐く。本当はあまり喋らない方がいいだろうに。染みひとつない天井を、ただただ真っ直ぐ眺めながら、また口を開く。
「…なんか、血とか見てたら、頭がぐわんぐわんしてきて、切りたくなって刺したくなって」
やっちゃった、と目を伏せて笑う。簡単で分かりやすい言葉に隠された本心は、きっと彼女でも分からないのだろう。彼女が、発作というかそういう状態になるのを一度だけ見たことがある。弛緩した口元は緩く緩く笑っているようで、その目は瞳孔が開いているようでもあった。壁に頭を打ち付けては、過換気症候群に口の周りの筋肉が震える。あんなに取り乱す彼女を見ながらただ立ち尽くすばかりだったあのときより、少しは彼女に近づけたろうか?
「だめだね」
ぽろりとこぼれた言葉は冷たい。彼女はいつもこうして自分を責めているのではないか。ひとりぼっちの夜を、昼を、朝を、自らを責め苛みながら生きているのではないか。
「みな心配しています」
かける言葉も用意してなかったのに、それは勝手に口から飛び出た。慰めたいのか何なのかも分からないまま飛び出た言葉は引っ込まないし、彼女の視線が、なにより痛い。
「誰も迷惑だなんて思っていません。ただ、なまえさんが心配なだけです」
自分には到底似つかわない台詞を言うのは気恥ずかしくて、けれど途中でやめるわけにもいかなくて一息で言い切った。彼女を見れない。ただ、ひしひしと視線を感じる。
「弥鱈さんて」
意外にも明るい声。恥ずかしいまま視線をやった。
「そういう喋り方できるんだね」
花咲くように、彼女は笑った。