「おい、髪乾かせ」
「…うーん。…あ、ミルミル取ってー」
テレビの前にぺたりと座り込んだ彼女の表情は、タオルにくるまれて見えない。言われた通り、冷蔵庫から小さな紙パックを取り出して渡す。座り込んだ足に水滴が落ちた。
「風邪ひくぞ」
「…うーん」
彼女は空返事を繰り返した。紙パックにさしたストローを咥えて、器用にぷらぷらとそれを揺らす。
「…雹吾お」
「なんだ」
「髪、乾かして」
「自分でしろ」
「おやすみ」
リモコンでテレビを消して彼女は立ち上がった。咥えていた紙パックをゴミ箱に放り投げる。化粧気のないくせに長い睫毛に縁取られた目と、目が合った。忌々しさに舌打ちをした。最初はそう命じられたから世話をしているだけだったのに。何が忌々しいって、自分の甘さ加減にだ。
「…怒んないでよ」
「…怒ってない」
ふてくされたように唇を尖らせた彼女は、つま先をベッドから、鏡台に向けた。家電量販店で散々時間をかけて選んだ、マイナスイオンが出るとかいうドライヤーを取り出す。
「なまえ、貸せ」
「いいもん、自分でするよ」
彼女の定位置であるローテーブルの近く、テレビの前に、彼女は膝を立てて座り込んでコンセントにプラグをさす。
「貸せ」
後ろに腰を下ろしてドライヤーをひったくる。すっぽりかけられたタオルを背に下ろす。長い黒髪が水を吸ってタオルに貼り付いていた。なまえは恨めしげに一度だけ視線を寄越したけど黙っている。肩からこぼれた髪を背中へ流す。 騒音をたてながら熱気を送り出すそれを髪へ向ける。タオルでくるむように動かすのも慣れた。つくづく甘い。膝を立てて俯いた彼女は色づいた足の爪を気にしていた。
「あ」
彼女がゆっくり振り向く。目が合う。ぱち、と一度ドライヤーを止める。腰を上げて鏡台の前に行き、並んでいる瓶やボトルの中から凝った形のボトルを持ち上げた。
「これだろ」
「…うん」
手のひらに少し出してボトルを戻す。彼女の後ろに戻り、甘い匂いを放つとろとろした液体を手のひらに広げた。半乾きの長い髪に馴染ませる。彼女の指先はつま先にかかって動かない。動かれるよりはやりやすいと、特に気にもせず黙ってドライヤーを当て続ける。
「おい」
「……」
「終わったぞ」
さらさらに乾いた髪からは先ほどの匂いが揺れる。肩を掴んで少し揺らす。顔を覗き込んだ。寝てる。タオルをソファにかけて、彼女を抱える。ベッドに寝かせてタオルケットをかける。軽く畳んだタオルをカゴにいれるついでに明かりを消した。
雹吾ってこれであってる?