見慣れた横顔を見つけた。それから酷く嫌な気持ちになる。
昼時のざわめくカフェで、彼女の向かいに座る知らない男。僕じゃなくてもそんな風に笑うんだね。緩慢に携帯を開いた。着信履歴を辿る。最後に連絡があったのは、二週間前だった。かけ直したかな。ああ、してないな。コーヒーをすすりながら視線をやった。もう忘れてしまっただろうか。なんだか癪でアドレス帳を開いた。女の名前の羅列に目が滑る。結局、親指は止まることなく彼女の名前に戻ってきてしまった。いま彼女の携帯に電話したら、どういう顔をする?僕にも笑いかけてくれる?空で言える番号。受話器のマークのボタンが押せない。もう要らない?まるで知らない人みたいに君は笑う。髪を耳にかけた、その指に見蕩れた。覗いた鎖骨に頬が緩んだ。意気地無しを叱咤するように、強くボタンを押した。背もたれにもたれて、携帯を耳にあて、彼女の動作を見守った。相手の男に何か言っている。ちょっとごめん、かなあ。ハンドバッグから携帯を取り出す。開く。目を見開いて停止した彼女が、酷く愛おしい。相手の男が何か言ったようだ。躊躇いながら携帯を耳に、あてた。

「も、しもし…」
「君はそんな男がタイプなのかい?」

視線が僕を探している。ここ、ここだよ。

「…どこ?」

男に怪しまれないように気を使いながら、なまえは僕を探す。

「…その男は、君に新しいリングもネックレスも買ってくれないのかい」

彼女の左手が、鎖骨のすぐ下に揺れるハートのモチーフを握った。僕のあげたリングを填めて、僕のあげたネックレスをつけて、僕の知らない男と会う。奪って欲しいの?目が、合った。緩く微笑んだら、彼女は眉尻を下げた。携帯越しに男の声が聞こえる。何?誰?どうしたの?だなんて、随分と莫迦な男にしたものだなあ。

「新しい男と会うのに、僕のあげたもの、つけてるんだ」

彼女は喋らない。その視線を追って、男もこちらを見た。僕の方がずっとイイ男だなあ、ってちょっと笑ってしまった。

「おいで。ついでにそっちの分も払ってあげるよ」
「…ジーノ、」
「やっと喋ったね、なまえ」

言葉にとびきり吐息を含める。さあ早く、僕のもとに帰ってきて。心臓がうるさいのを、ずっと無視している。

「なまえ、…おいで」

男が何やら話しかけている。なまえと僕は見詰めあって、それから彼女は少し下唇を噛み、伝票とハンドバッグを掴んで立った。男は呆然としている。僕が好きだと言ったワンピース、やっぱりよく似合ってるよ。ヒールがかつかつ鳴る。怒ってるなあ。パワーボタンを押し携帯を閉じた。あと数メートルの距離。彼女は僕の思った通りメタリックピンクの携帯を、投げつけた。

「怒らないでよ」

ぱし、と難なくそれを取る。なまえが手近なものを投げるだろうことも、僕がそれをゆるりと受け止めてあげることも、僕らは知っている。周囲の客の視線が向けられる。テーブルの前でなまえが止まった。その手から伝票を取り、携帯を渡す。そのときを狙って、手の甲に口付けた。

「ジーノっ」

照れ隠しに怒ったように名前を呼ぶなまえは可愛い。とても可愛い。自分の分の伝票も取り、席を立った。なまえの手を握る。彼女が弾かれたように顔を上げた。どうやら情けなくも微かに震える手に気付いたらしいが、彼女の手に力がこもったから、まあ良しとしよう。




魔弾/T.M.Revolutionから