※バレンタイン




廊下に四角く明かりが転写していた。まあ、そんなことだろうと思っていたけども。ドアに耳をつけたら音がしたけど、起きているかは分からない。控えめに、二回ノック。

「はーい」

起きていたようだ。少しだけ開けて、少し大丈夫ですか?と聞けば、達海さんはリモコンを弄ってから、だいじょぶ、と眠たそうな目で言った。了解を得たので部屋に入ると達海さんは散らばっていたDVDを腕で避ける。がさがさばさばさと恐らく私のスペースが確保されたが、ベッドの下に潜り込んだDVDもあった。あまり気にしていないように、ぽんぽんとそこを叩く。

「これ、良ければ夜食に」

小さめのトレーを、達海さんがぽんぽん叩いた場所に置いた。私は少し後ろに膝をつく。達海さんはじっとそれを見ていた。言うべきか悩んで、引っ込めた指をせわしなく動かしてしまう。

「あ、あの、アイス、なんです。溶けちゃうんで早めに召し上がって下さい」
「うん…ていうか、チョコ?」

そう言って達海さんはアイスチョコレートを一欠片摘まみ、口に放り込んだ。それから、やっぱチョコ、と言う。

「ええと、今日、バレンタインじゃないですか、それで」
「あ、うまい」
「それは、良かったです」
「酒入ってる?」
「あ、入ってます。ノイリーて、ハーブのお酒なんですけど」
「ん、手作り?」
「はい…」

二の句を継げぬ前に達海さんはぽいぽい食べていく。残ったのは僅かにばらまかれた粉糖だけになった。

「んじゃあ、俺からも」

無造作に棚から取り出した黒い紙袋を目の前に置かれた。英語は得意でないが、白く印刷された英字は、かの高級ブランド名にも読める。中を覗けば白く丸いケース。

「…これって」
「俺からなまえにハッピーバレンタイーン」
「い、いいんですか」
「うんうん。外国じゃあ男からあげても良いんだよ」

そう言って達海さんはいつもの笑い方をした。しかし私は緊張した。これはどこから見てもピエールマルコリーニのクールフランボワーズだ。恐る恐る開けてみれば、赤いハートが六つ円をなし、中央にひとつある。

「こんな高級なの、」
「そーなの? 有里に頼んだからよく分かんないけど」

私が蓋を持ったままそれを凝視している最中に、達海さんは端のハートをひとつ取り、包み紙を剥がして、私の口の前に出した。あーん、と言われて殆ど反射的に開けてしまった口に、フランボワーズソースのかかったチョコレートが入れられる。

「…んー、美味しい!」
「うん、良かった」

それから達海さんは同じように私の口にチョコを放る。ホワイトチョコとガナッシュの甘みを堪能していると達海さんの手が頬に触れた。

「味見、さして」

目を閉じた達海さんが迫ってきて、え、の形で開かれた口内に舌が入り込んだ。舌の上で溶けて混ざり合ったフランボワーズソースとホワイトチョコとガナッシュを、達海さんの舌が掠めとる。口の中のチョコを綺麗に舐め取った達海さんはようやく唇を離した。やっぱり、あの笑い方。

「んまいね、けど、なまえの作ってくれたのの方がうまい」

私は色々恥ずかしくなって目を逸らした。達海さんの舌の感触とか、どう考えても達海さんのくれたチョコの方が美味しいとか。

「まだ食べる?」

人間をたぶらかす、美しい悪魔のように達海さんは笑う。悔しくて目を逸らした私に、達海さんはチョコの無いキスをひとつくれた。

「好きだよ」

私も、と言うにはなんだか踏ん切りがつかなくて、視線を指先に移した。達海さんの視線を感じながら顔を上げたら、唇にチョコを押し付けられる。好き、という言葉は、チョコと一緒に達海さんが食べてしまった。