水に浸けてあった食器を洗う。洗う時間も倍になるわけだが、皿が二枚ずつあるということに目尻が下がる。生ゴミを捨て、シンクの水滴を拭ってからタオルで濡れた手を拭い、エプロンをハンガーにかけた。真っ暗な寝室を覗く。ベッドの上の人影は呑気に寝息をたてていた。扉を閉める。紅茶でも飲もうと、マグカップを温め、沸騰し始めた湯を注ぎティーバッグを入れる。小皿で蓋をしながら、ぼんやり秒針を見つめた。
多分、サッカーの為に生まれてきたんだろうと思う。選手でも監督でも、いつも夢中でいつでも一直線だ。そんな彼を好きになったのは自分で、嫌いになれないのも自分だというのは嫌でも分かっている。現に、数週間ぶりに会ったというのに、一緒に夕食を食べ少しだけ話をして、彼は、ベッド貸してーと語尾を伸ばして言い現在進行形で爆睡中だ。ぼんやりし過ぎていて長針が三つ四つほど進んでしまい、急いで小皿を取る。水滴のついたそれを水で流し、ティーバッグを数回揺らして捨てた。ソファに座り、大して興味のないバラエティーを見る。興味がなくても引き込まれてしまうのが恐ろしい。一口含んだ紅茶を舌の上で転がす。少しだけ甘い。おいしくて溜め息が、出た。
多分、性欲とか、ないんだろうなあ。若い頃はそれなりにあったみたいだけど。体型やら下着やらに気をつけているのが莫迦らしく思える。別に、自己満足の為であって、猛の為なわけで ない。そう考えるも、自分のことは自分が一番分かる。強がりなことくらい。けれど忙しくてそれどころでないんだろうなあとも思う。性欲より睡眠や食事の方が大事なのだろう。だったら、おいしい食事をして、たっぷり眠ってもらうだけで十分だ。テレビを消す。底の方に少し残っていた紅茶を飲み干す。マグカップを洗って軽く歯を磨き、沸かしてあった風呂に入ろうと、下着と部屋着を取りに寝室へ向かった。寝息は聞こえない。音をたてないように引き出しを漁る。

「…ねー、なまえ」
「起きたの?」
「うん…風呂?」
「うん。猛は? 朝にする?」

引き出しを閉めてから振り返る。かすれた声の猛は仰向けで、唸るように声を出してから勢いよく起き上がった。目が慣れてきたおかげでシルエットは把握できる。

「あのさあ」
「なに…?」
「あー…俺も風呂入る」
「じゃあ先、いいよ」
「いや、そうじゃなくて」

珍しく猛が言い淀む。どうしたのかと思って、なんとなく予想がついたが自信はない。服を持ったまま、別の引き出しを漁り、猛の着替えを出した。

「そうじゃなくて?」
「…お前分かってるでしょ」
「なんのこと?」

わざとはぐらかしたら猛は拗ねたように溜め息を吐く。着替えを渡したら、そのまま手を握られる。どうしたの、と問うも返事は返ってこない。隣に座って顔を覗き込んだら、目を塞がれた。

「…見んなよ」
「なんで?」

猛が小さく舌打ちをした。からかい過ぎたかと思って謝ろうとしたら猛が先に口を開く。

「したい」

視界を覆う手のひらをよけてみた。意外とすんなり、手は下ろされる。少しだけ恥ずかしそうな猛と目が合った。

「うん、じゃあお風呂行こ」

掴んだままの手をひいたら黙ってついてくる。明かりをつけたままの廊下に出てから振り向くと、ちょっと不機嫌そうに、なんだよ、と猛が口を尖らす。嬉しくなって、なんでもないよ、と言ったら猛は私の頭を撫でながらちょっと乱暴な手つきで髪をかき混ぜた。