平均に少しばかり届かない私は、最初彼が羨ましかった。それから、よく頭に手が載せられる意味に気付いて、憎らしくなった。どうせチビです、と拗ねる私に苦笑して、またゆるゆる頭を撫でられると、なんだか宥めすかされているようで面白くなかった。なかったけど、少し、悔しいけど、好きだと思った。あくまでも、その手のひらが。

「杉江さん」
「ん?」
「やめてください」

嘘、だけど。恥ずかしい。から私はいつも通り振る舞う。眉間に皺を寄せて、唇を突き出して、したくもない上目遣いで彼を睨んだ。けれど彼はやめない。それどころか、私の必死の威嚇は微塵も効いていないようだ。ゆるゆる、さすさす。気持ちいい、と思う自分を殴りたい。杉江さんの反対隣を歩く黒田さんは呆れている。会う度こうだから慣れたのもあるのだろう。

「なんていうか、良い位置」
「…すいませんね! チビで!」

そりゃ、私だって、もうちょっと背が欲しかった。隣を歩いていても様にならない。子供みたいだ。激しく首を振って、心地好い手のひらを避ける。杉江さんは、あろうことかちょっと笑った。気にしてる。のに。

「そんな風に思ったことはないよ」
「うそつき」
「可愛いよ。ちっちゃくて」
「やっぱり、チビだって、」
「そうは言ってないだろ」

いつも優しい杉江さんが呆れたようにちょっと強く言ったので私は黙った。拗ねるように黙った。私の目的地はすぐそこ。次、会ったら気まずいかな。沈黙が痛い。頭が軽い。どうしようどうしよう。何か言った方が。

「なまえちゃん」
「っ、はい!」
「威勢が良いな」

しまった。不意を突かれた。杉江さんは苦笑している。

「今日、先に終わったら待ってて」
「え」
「送るよ」

黒田さんが杉江さんに何か言っている。けれど私には聞こえずに、立ち尽くした。数歩先に背中を認識して慌てて隣に向かった。

「い、いいんですか…」
「いいよ、なまえちゃんが良ければ」
「…じゃあ、えっと、早く終わるように頑張ります」

広報なのに大変だな、と言う黒田さんに殆ど上の空で返事をして、私はランドリー前で立ち止まった。

「練習、頑張って下さいね!」
「おー」
「なまえちゃんも」

手を振ってからも、その背中を見つめていたら、角を曲がる杉江さんと目が合った。ちょっとどきどきして、自分の手のひらを頭に載せてみた。それから急がなくてはならないことを思い出して慌てて踵を返す。にやけていることに気付いたのは暫くしてからだ。