ずきん、と頭が痛んで目が覚めた。昨日は同僚と飲み会だったことを思い出す。仕事柄、同僚はみな女なので気兼ねなく参加できるのだ。翌日が休みだからって飲み過ぎた、と思いながら頭を押さえる。腹やら胸やらが気持ち悪い。水を飲みに行きたいが動く気にならなかった。深呼吸をしたところで私は違和感を覚えた。シーツに染み込んだ匂い。私のであれば、自分の匂いを感知できないはずなのに。しかも、この匂いって。頭を押さえていた腕を後ろに捻り勢いよくベッドに肘を付く。反動で上体を起こせば、私に背を向けて寝ていたのは毎日サッカーに精を出している彼氏だった。声を出さなかったのは不幸中の幸いで、私はそのときばかりは二日酔いを忘れた。彼は昨日も練習で今日も練習なはずだ。そんな中、私は酔って彼の家に来たのか。ぐりん、と首を曲げて時計を見る。五時半だった。頭の中で私はひたすら喋った。やばいやばいやばい勇くんだって疲れてただろうしていうか今日も朝から練習なはずなのに私なにしてんの。そして、記憶が無いことに気付く。どうしよう、と握った手を口元に当てて私は閉口した。

「…ん、」
「はっ」
「…起きたの?」

目の前の膨らみが少し揺れて、勇くんが目を覚ました。私は、ええっと、とかうんと、とかを繰り返す。

「頭、痛くない?」
「えっああ、痛い、うん痛いですすみません」
「水持ってくるよ」

欠伸をひとつして、勇くんがベッドから降りた。きちんと服を着ていたので私は少し安心した。そして申し訳なさに駆られる。意味もなくシーツやら枕やらをぱたぱたしていたら、自分が下着だけなことに気付いた。ちっとも安心できない。服、服、と頭の中で唱えながら辺りをきょろきょろする。揺れる度に頭がずきずき痛む。空いている手を頭に添えた。よく見ればベッドの足元に畳んで置いてあった。ぎ、とドアが開いて勇くんが入ってくる。ソファに腰掛けた勇くんはミネラルウォーターのキャップを外して私の前に出した。

「はい、溢すなよ」
「はい…ごめんなさい」

冷えた水が喉を滑る。アルコールを摂り過ぎて脱水症状の臓腑に染みていくのが分かる。頭の靄も少し晴れた。

「あぁ、あのー、私、なにかしましたか」

吃りながら片言で尋ねるとなかなか返事が返って来ない。ちらっと顔を上げると、勇くんは難しい顔をしていた。したんだしたんだ私なんかしたんだ、と慌ててしまった。

「っわあああ、ごめん!ごめんなさい! …いだっ」

ペットボトルに気をつけながら頭を勢い良く下げる。巻いた髪が肩紐だけがかかった肩を滑った。あまりにも勢いが良すぎて頭の中が鈍く鳴る。

「…いや、なんにもしてないよ。うん」
「…ほんとですか」
「うん」

と言って難しい顔をした勇くんは昨日の私の失態を話しだした。二十三時を回ろうかという頃、勇くんはピンポン攻撃に遭ったそう。美容の為に夜更かしを避けたいともう若くはない同僚全員の意見が一致したのが幸いしたようだ。まあ私だろうと思いながら玄関を開けたらやっぱり私がいた。酒のせいで恐ろしくテンションの上がった私が、ドアを開けた瞬間に飛び付いたらしい。優しい勇くんは、抱き付いたまま脱力した私のパンプスを脱がしてリビングに連れて行きソファに座らせた。そして、優しい優しい勇くんが水を取りに行っている間に、私は脱いでいたそうだ。

「っええええ」

大きい声は頭に響く。勇くんは苦笑いして続けた。どうやら私は眠たかったらしい。眠い眠い寝る寝る言いながらトレンチコートを脱ぎ、ガーターストッキングを脱ぎ、ワンピースまでを脱いで、ソファで寝ようとしていた。勇くんは慌てて私を寝室へ運びシーツをかけて寝かせたそうだ。私が端っこに丸まっていたので、勇くんは反対側に寄って寝た、というのが真相だった。

「ええ…」
「まあ押し掛けて爆睡したくらいだよ」
「ごっ、ごめんなさい! 勇くんだって疲れてるのに私、なにしてるんだ…」
「あんなに酔ってるなまえを見たの初めてだよ」

寛容にも勇くんは笑っている。私が謝り倒している間に勇くんはTシャツを持ってきて私に渡した。着ろ、ということを察して私は何度も謝って礼を言って腕を通した。当たり前だが大きい。もう大丈夫?と聞かれて私はペットボトルを渡した。勇くんは手早く蓋をしてサイドテーブルに載せる。

「今日は休み?」
「その通りです…」
「具合が良くなるまで家にいて良いよ」
「…これ以上迷惑は」
「俺、煮込みハンバーグ食べたいな」

勇くんは優しい手付きで私を横にさせる。シーツを肩まで引っ張って勇くんは笑った。

「うん…頑張ります」

胸に蔓延る気持ち悪さから目を瞑る。おやすみ、と囁いて勇くんは静かに部屋を出た。