サッカーのことを、よく知らないというのが良かったのかもしれない。一緒にいるとき、すごく楽だと思う。すごいね、も、次頑張ろう、も、俺の劣等感を刺激することなく、染み込んでいく。だから、こんなに君が好きなんだと思う。

「足、どれくらいで治るの?」
「んー、一週間くらいだって」

貸していたアルバムと、お見舞い。いつも通りの簡素なメールを何度も読み返して、ひとりでどきどきした。右足に気を使いながら念入りに掃除してみたり。電話越しの、下手な説明でも、なまえちゃんはちゃんとうちを見つけてくれる。

「そっかあ」

ぴと、と触れた指先に心臓が跳ねた。ついでに足までびっくりして、なまえちゃんは瞬く間に指を離す。

「ごめん! 痛かった?」
「違う違う! びっくりしただけ」

申し訳なさそうに眉を下げたがら、俺はぽんぽん足を叩く。だめだよ、と止めた手に、またどきどきがぶり返す。けどその手は、当たり前だけどすぐに離れてしまう。僅かな重みを、目で思い出していた。

「恭平くん、大丈夫?」
「えっ、うん。大丈夫。痛くないし」
「足じゃなくて。…なんか、元気ない?」

あるよ、と笑い飛ばせるほど、元気じゃない。ない、と言ったら気を使わせるのは目に見えてる。けど、そんなことない、と言うまでの間でなまえちゃんは気付いた。そりゃそうだ。なまえちゃんは俺のこと、よく分かってる。そんなに分かりやすいのかと悩んだくらい。

「…来ない方が良かったかな、そろそろ」
「待って!」

鞄を寄せた手を、掴む。初めて、自分から触った。咄嗟の行動に二の句が継げなくて、勿論手もそのまま。でもなまえちゃんははにかむように笑った。

「初めてだね」

なんだかよく分からないうちに、捕まえたままの手を引っ張っていた。見慣れない細い首に手をまわす。初めて合わせた唇は柔らかくて、至近距離まで近付いて気づいた控えめに香る、多分、ホワイトコットンにくらくらした。それから、自分の行動に気がついた。

「ごめん!」

目も合わせられずに、顔を反らす。けど、しっかり残る感触が恋しくて、口を押さえた。せっかく仲良くしてくれてたのに。うちにまで来てくれたのに。反応がないし、物音もしないし、俺はそろっと顔を向けた。

「なまえ、ちゃん」

なまえちゃんは唇を押さえて固まっていた。殴られたりはなさそうで少しだけ気が抜けた。

「あのさ、俺、ずっと、なまえちゃんが好きだって思ってた。ん? いや、いまも思ってる!」

握り拳付きで力説したら、なまえちゃんは手のひらを向けて小さい声で分かったから、と制した。ちょっとだけ、耳が赤いことに気づく。

「私も、好きだよ。恭平くんの、こと」

さっぱりしてて、今日だってスキニーで、俺と共通の趣味が多いのに。目を伏せてそれからゆっくり俺を見る、という動作が、はにかんだときと同じくらい、女の子で、困る。どうしようもない。

「もっかい!」

手を引き剥がして、抵抗がないのを良いことに唇に触れる。握ったままの手首が震えてて、もう少し、と頭の中で呟いた。床で手のひらが重ねられて、聞こえたのかと恥ずかしくなったのを誤魔化すように、手首を引き寄せた。