誰にも言えなかった。コンプレックスだらけの自分が、嫌だった。彼女に知られるのは恥ずかしかった。ずっと、見えないところで考えていた。チーム内の自分のポジション。彼女の心の内。いつだって自信が無くて、いつだって不安だった。がむしゃらに、一生懸命に練習に打ち込んでも、見えない結果が怖かった。見えない心が怖かった。明白に明確に、自分の力を、価値を、知りたかった。証明したかった。自分は確実にチームの中に存在していて、彼女の心の中に存在している。そんな証が欲しかった。そこにいることを望まれていたい。ずっと、誰にも言えなかったけど、そう思ってた。いつだって、怯えていた。怖がっていた。簡単に、その手は離れていくんじゃないかって。電話の向こうで、なまえは泣いてた。

「えっちょ、えっ#name_#、」
「ごめ、なんかもう嬉し過ぎて、泣けちゃった」
「う、うん。それ、は、良かった?」

電話の向こうには、未だ冷め止まぬ歓喜が聞き取れる。なまえはしきりに鼻をすすっていた。なまえにはゴール裏の指定席のチケットを渡していたから、多分ものすごくよく見えたと思う。それって、なんだか少し恥ずかしいとか思った。

「もうすんごいかっこよかった、ほんとかっこよかった。友達もね、かっこいい、惚れそうって言ってたよ。だめって言ったけどね」

鼻をぐすぐすさせながら、なまえは早口に喋る。俺はなんて返していいか分からずに、曖昧な相槌ばかり打っていた。電話の向こうでなまえが黙る。鼻をすする音は聞こえる。歓声は少しずつ遠退いていく。肩の痛みが、これは現実だと教えてくれた。脚を速めた途端に世界から音が消える。頭に残るボールの感触。人工芝が腕や頬を刺す。スローモーションで見えた、自分の価値。記憶に埋もれていく自分を、なまえの声が引き戻した。

「恭平、私ね、ほんとに嬉しい」
「…おう」
「恭平が最後の最後まで諦めないで、蹴られるかもしれないのに、ボールに突っ込んだから、ETUは勝てたんだよ」

喉の奥が、鋭く痛んだ。口を開けたら涙が出てしまいそうで、返事ができなかった。

「私、嬉しくって嬉しくって、涙出たよ。恭平がいままで頑張ってたのは、今日のあの瞬間の為だったんだって」
「…おう」
「きょおへえ、」
「…泣くなよ」
「無理だよ、恭平、」
「なんだよ」
「大好き、すっごい大好き」

我慢していた雫が、黒目の真下から一滴だけ落ちた。鼻水の流れる嫌な感覚に、鼻をすする。恭平も泣いてる、となまえが涙で震える声で笑った。うるせーと返した声も震えていた。ちょっと笑えた。

「恭平がゴール決めたとき、私の彼氏は世界一だなって思った」
「世界一かあ」
「じゃあ宇宙一!」

そういうつもりではなかったけど。なまえの中で俺は世界一で、俺の決めたゴールでなまえは大泣きした。少なくとも俺はなまえの世界の中で一番で、涙腺を刺激できる位置にいることが分かった。むず痒いような擽ったさが背中を滑る。今日のあの瞬間の為。なまえは、気づいてたのかなあと、思った。けど、もうそんなことはどうでもいい気がした。なまえの言葉で高揚は自覚されていく。あの瞬間と同じ動悸を覚えながら、泣きながら帰路に就いたであろうなまえを思った。




BUMP OF CHICKENのギルドと才悩人応援歌をイメージ。私はせりーをなんだと思ってるんだ笑