目一杯高く飛べたら、きっと貴方のもとへ行くだろう。
飛べなくたって、私が、貴方みたいに強かったなら。
はぐれずにいれた?
その背中が遠退くのを、黙って見てることもなかった?




非通知の電話だった。出るべきか迷って、携帯の画面を見詰める。あまりにも鳴り止まないので、通話ボタンを押した。

「もしもし」
「久しぶり」

なんと腹が立つことか。その五文字で誰が喋っているか分かった自分が憎らしい。私はしばし黙った。何と言うべきか分からなかった。携帯を握る手が、汗ばんでいく。

「そっちは九時で合ってる? いまだいじょぶ?」

相変わらず気の抜けた話し方をする。なんだか苛々した。

「合ってます。…ていうか」
「ん?」

ソファの背もたれに首を載せた。蛍光灯で目がちかちかする。眩しい。眩しい。何が。あの頃、貴方は。酷く眩しかった。

「何か用ですか」
「…うん、あのさーあ、言いたいこと、っていうか、まあ色々あるんだけど」
「回りくどいです」

向こうの電話事情に精通していない私には、携帯なのか公衆電話なのか分からないけれど、受話器を耳にあててそわそわしている姿が想像された。但しそれは、歳を取っていない彼の姿で。私もそれなりに大人になった。ということは、彼はもっと大人になったのだろう。私は知らない。

「そっち、帰ることになった」
「…ああ、そうですか」
「うん、そーなの」

だからさ、と声は続けた。私は眩しさに敵わず目を閉じていた明る過ぎると、真っ白なんだ。真っ白が、全部灼き尽くす。

「会えない?」
「…会えなくも、ない、ですけど」
「ていうか、彼氏とか、いんの。あ、結婚した?」
「いません。してません」
「そか」

誰かさんのせいで。とは言わなかったけど。こんなに落ち着いていられるのは、あれを過去の出来事に昇華できたからなのに。

「番号、変わってたらどうしようかと思った」
「変わってたら、縁の切れ目でしたね」
「まだ切れてないんだな」

しまった。失言。目を閉じた、真っ黒のスクリーン。瞼の裏側。まだ光が残っている。外界を遮断しているはずの、薄い皮膚のなんと心許ない。

「…こんなに長い間連絡も寄越さないで」
「…悪い」
「随分と調子が良いんですね、達海さん」
「…悪い」

久しぶりに声に出した名前は、なんだか変な感じがした。

「あのさ、最後にひとつ」
「はあ」
「指輪のサイズ、変わった?」

なんでですか、が上手く出てこなくて、いいえと事務的に返した。早口に空港に着く日時を告げた彼は、それを繰り返して電話を切った。電話の向こうで彼を呼ぶ声がしていた。私はとりあえず、手元にあった手帳を開いて繰り返された日付の欄に到着時刻と猛帰国、と書いた。言いたいことは、山ほどある。目を閉じても瞼に映せるその人に、どうやら私は目を灼かれたらしい。