雪がちらつく深夜を、人混みから遠ざかるように歩く。夜空はむらのない紺色に白い光が瞬いていた。息を吐く。少し夜空を曇らせて消えた。手袋をしてくれば良かったと思った。かじかむ手で鞄を漁り携帯を取り出す。

「もっしもーし」
「もしもし? どったの?」
「鍵開けてー寒いー」

短い返事が聞こえて携帯を閉じた。硝子戸に背を預けて空を見上げる。初日の出は見えるだろうか。ぼんやりしていると後ろからぱたぱた音がした。振り向けばいつもの恰好の彼がいた。

「どしたの」
「一緒に年越しできないかなーて。 無理でもお節、作ってきたから」
「おー、やった」

結局、一緒に年越しができるかの返事はもらえなかったが、中に入れてもらえたということは良いということなのだろうか。重いしょ、と包んだ重箱を達海が持ってくれようとして指先が触れた。

「冷たっ」
「寒かったもん」

空いていた手はポケットに収めていたのであまり冷えていないが、重箱を持っていた手が冷たい。 手に息をかけようとしたら、彼の手に握られた。彼も体温は高い方ではないが、いまは温かく感じる。

「お蕎麦も持ってきたかったんだけど」
「これだけでじゅーぶんだよ」

持ち上げた重箱に鼻を近づけすんすんと匂いを嗅ぐ。用具室はあまり広くない上に暖房が焚いてあって暖かい。大掃除はしなかったようで乱雑加減はいつも通りだった。

「なに見る? ガキ使?」
「えっいいの?」
「えっ何が?」
「対戦相手の研究?」

彼がいつも夜遅くまで何をしているのか自信がなくて語尾が上がる。ああ、と彼はちょっと笑って、いーのいーのと言った。

「今日くらいはいっしょ」
「本当に?」
「ほんとに」

頭をぽんぽん撫でられて、私は脱いだコートをベッドの脇に畳んだ。

「ていうか腹減った! 食っていい?」
「どうぞ」

大晦日の晩にお節を食べるのも変な感じがしたが、彼は明日も忙しいのだろう。時間を割いてくれただけでも有難い。来た頃には二十二時をゆうに回っていたし、テレビもそこそこに、お節にがっつく彼と久しぶりにゆっくりと話をしていると、今日はあっという間に終わりに近付いていた。

「猛、猛、あと十五分だよ」
「ん、ごっそさん」
「お粗末さまでした。こっちは朝御飯ね」
「おー美味かった」
「それは良かった」

私は貰ったお茶を飲んだ。達海は欠伸をひとつした。重箱を片付けている間、僅かに沈黙が訪れる。あと数分とテレビが騒いでいる。

「なまえ」

振り向いたら、後頭部を掴まれて唇が合わさった。久しぶりに感じる熱に頭が蕩けそうになる。耳はカウントダウンを小さく聞き取っていた。

「ハッピーニューイヤー」

唇だけ少し離れて、彼が笑った。私も同じように返す。

「今年もよろしくね」
「おー、俺こそ」
「ちゃんと栄養のあるもの摂ってね」
「耳が痛い…」

耳を押さえる達海にちょっと笑ったら、拗ねたようにまた唇を塞がれた。