※バレンタイン
「なに、その手は」
胡散臭い笑みで、ジーノが私に手のひらを向ける。私服の彼が本物の王子様に見えるのは惚れた弱みではないだろう。いちいちどきどきする自分が嫌だ。
「なにって、なまえこそ今日が何の日か知ってるだろう」
「チョコならサポーターからいっぱい貰ったでしょう」
「なまえのが欲しいんだよ」
「残念ながらありません」
「素直じゃないなあ」
ジーノはスーツのポケットから細長い紙を取り出した。ちらりと印字側が見えて私は内心狼狽える。クーベルチュールチョコレートを買ったときのレシートだ。家計簿をつけていたときに抜き取られたのか。他のものであれば誤魔化せるがこればっかりは、他の用途が出てこない。
「じゃあコレ、何に使ったの」
「…じ、自分用、いや友チョコだよ!」
なんとか上手く誤魔化せた、とジーノを見る。どんな顔をしているかと思えば、眉間に皺が寄っていた。珍しい。ご機嫌を損ねた、と判断するには十分すぎる材料だ。私はどうすべきか迷って彼を見つめた。ジーノの、色素の薄い瞳も逸らされない。
「君はそんなに僕にチョコをあげたくないのかい」
「…あげたくない、わけじゃないけど」
「けど?」
ジーノは優雅な動作でスカーフを緩める。伏せられた目を縁取る睫毛の長さまで見えた。この人を視界に入れる度、思う。私には、勿体無い人だ。
「別に、あげなくてもいいの。私には、作ることに意味があるんだから」
「僕のことを考えて作るからだね」
この人はどれだけ自分に自信があるんだろう。私とは正反対だ。私はいつ、ジーノに飽きられるか不安で堪らないというのに。ふかふかのソファに腰を下ろしたジーノは、やっぱり見とれるような動作で長い脚を組む。こういう仕草はどこで仕込まれたのだろう。私は少し離れて座った。
「…その手は」
「貰ってあげるよ、なまえの作ってくれたものなら」
すこぶる上から目線だ。しかしこれは無意識なのだから質が悪い。私はしぶしぶ、食器棚に隠していた、手のひらよりは大きなそれを差し出した。渡さないことを前提に、ジーノのことを考えながら包装まで完璧にしていたのだから私も仕様がない。開けるのが惜しいね、と静かに言って、彼の指が包装を解いていく。私はそれを横目で見ていた。
「クラシックショコラかい?」
「うん…冷蔵庫から出しておいて良かった」
一緒に入れておいたプラスチックのフォークで一切れ取り分け、ジーノは黙って口に運んだ。私はどきどきしながらそれを見守る。味見ができないのがもどかしい。
「うん、美味しいよ。しっとりしてる」
「…それは良かった」
覗いた内面はレシピの写真と同じ質感を見せていて安心した。その間にも彼はそれを口に運んでいる。もぐもぐと口を動かすジーノを可愛いなあとぼんやり見ていた。
「なまえ」
目の前に、一口分のクラシックショコラがフォークに載せられ私に食べられるのを待っていた。ソファに零れる、と思い慌ててぱくりと口に含む。ジーノは、そんな私を見つめている。
「美味しいでしょ?」
「…うん、美味しい」
確かに美味しい。私すごい。才能あるかも。
「なまえ」
視線を上げたら、ちょうど頬に手のひらが触れた。そのまま、唇が触れ合う。顎まで滑り落ちた手に、口を開けるように促されて、ほんの少しだけ唇を開いた。チョコレート味の舌が、割り込む。顔を傾けて舌をねじこむジーノが、私の口内に残っていたクラシックショコラを舐めとった。
「…に、するの」
「僕が、##name_1##以外からチョコなんて貰うと思っていたなんてね」
ジーノの、真摯な視線が刺さるみたいだった。自らの唇を舐めるように覗いた舌が、なんだかやらしい。
「なまえは、どれくらい僕に愛されてるのか、分かってないみたいだね」
鋭く上がった口角と目付きに、ぞくりと腰が痺れる。長くて、冷えた指先が私の髪を耳にかける。露になった耳に、唇が触れそうで触れない距離まで彼が近付く。
「今夜は一晩中、愛を囁いてあげるよ」
思わず顔を背けて耳を塞いだら、ジーノが愉快そうに笑っていた。
くっせー!笑