※現役



あなたはまた、そうやって黙って仕舞う。私もまた、こうして何も聞かない。ふたりの悪い癖だって、あなたも思ってるの?ちら、と視線を向けた。少しずつ喉に落とし込んでいたカフェオレはすっかり冷めてしまっている。目は合わない。珍しく猛は先ほどの私のように、目を伏せてコーヒーカップを持っていた。中身はあまり減ってないように見える。私はカップをソーサーに戻してソファに深くもたれた。

「イングランドって、英語だっけ?」

目を閉じていた私は猛の反応を伺うことはできなかったけど、小さくカップとソーサーのぶつかる音が聞こえた。

「うーん、多分」
「そっか。じゃあ大丈夫かな」
「…なにが?」
「猛を見に行っても」

会いに、行くことは許されるのか分からなくて、代わりに選んだ言葉はなんとなく不自然な気がした。けれど猛がいつも通り振る舞っていて少し安心する。

「…会いにきてくれんの?」

瞼を上げる。少しだけ右側に顔を向ければ、口角を上げているものの穏やかにも、困ったようにも、悲しんでいるようにも、見える表情の猛と視線がぶつかる。ソファの背に伸びた腕が私の左肩に載り、そのまま右側に倒される。私の頭は猛の肩に落ち着いた。

「…勿論」

ぽすぽす、と左肩を叩かれる。元気なふりを、気にしていないふりを、しているなんてことは一目見れば分かる。でも猛は何も言わない。だから、私は聞かない。なんにも、聞けない。私には、猛がどんな言葉を欲しているのかすら、分からない。

「…猛」

笑った、気がした。

「ごめんな」

痛い。痛む。でもきっと、あなたの方がもっと痛いんだよね。左肩に収まった手の甲に手を重ねた。この手で、どれだけのものを抱え込んでいたのだろう。頬も伝わずに、涙がソファに溶けた。

「えっ、なに、どしたの」
「猛が」
「俺?」
「猛が泣かないから」

次から次へと涙が溢れる。今度は頬を滑って、落ちていく。拭おうとした猛の右手が停まった。

「猛が泣かないから」

右手は後頭部へ、左手は背中に回った。抱き締められて、肩口に涙が染みていくのが分かる。きつく握り締めた私の手は震えていた。

「代わりに泣いてるんだよ」

そんなことは、ない。私は猛の痛みを、傷を、想像して勝手に涙を流している。周囲の人間の理解力の無さに、自分のことしか考えられない幼稚さに、腹を立てて泣いている。猛がこんなにも苦しんでいるのを、一体どれだけの人が知っているのだろう。理解されない。それだけじゃない。また傷をつけられる。守ってあげたいのに、私は無力だ。下唇を強く噛んだ。声は出したくなかった。私の涙が、猛の傷にしみて痛むかもしれないのに。私は無力で愚かだ。

「なまえ」

頭を少し離して、袖で目元を押さえる。顔を上げたら、猛が優しく微笑んでいた。ずきん、と痛む。こんな顔をさせたのは私だ。気を遣わせたのは私だ。

「ありがとな」

猛の両腕に力が込められて私はまた肩口に沈んだ。私の右肩に猛の額が落ちてくる。微かに、震えてる気がした。

「ずっと」

この温もりを、忘れないように。

「ずっとここにいるから」

あなたの匂いを、忘れないように。

「マメに連絡してね」

あなたが、私を忘れないように。あなたが、帰り道をなくさないように。ずっと。ずっとここにいるよ。言葉になんかしなくたって、触れ合う肌から伝わるように。暖めておくから。




切ない。帰り路をなくしてではなくシルク/SHAKALABBITSがBGM