「…ふ、えっくし!」
達海さんが豪快にくしゃみをかます。首を竦めてポケットに手を入れて、上を向いた達海さんは真っ直ぐ息を吐き出した。白い。
「そんな達海さんにプレゼントがあります」
「なに? カイロ?」
「失礼な」
鞄とは別に下げていた紙袋からマフラーを取り出して首に巻いてやる。好みが分からなかったからETUのユニフォームに合わせて黒地に赤いラインにしてみた。達海さんはマフラーの端を掴んでじっと見つめている。
「これ…手作り?」
「はい、粗末なもので申し訳ないですが」
「ええー、すごいって。売ってるのかと思った」
くるりと端を後ろに回して達海さんは笑う。風邪をひかれたら困るし、けれど手作りだなんて重いかと悩んだが作って良かった。心なしか首が伸びている気がする。
「手袋は市販のものですから温かいと思いますよ」
「えー手作りじゃないの?」
「だって難しそう」
「ふーん」
達海さんは手袋を両手で持って眺めている。私は紙袋を畳んで鞄にしまっていた。ずっと持っていたから手が冷たい。はあ、と息をかけた。私も手袋買おうかな。
「ううん、はい、こっち」
達海さんは難しい顔で左手の手袋を寄越してきた。意図を汲めずに渡されたままでいるが、達海さんはさっさと右手に手袋をはめていた。
「早く早く、左手さぶい」
まったく年上だというのに達海さんは子供っぽい。あどけないというか、幼いというか。ようやっと達海さんの考えていることが分かったので私は黙って手袋をはめる。それからこっそり右の手のひらをコートで拭った。
「うん、手え繋ご」
なんと答えて良いか分からず私は黙って右手を明け渡した。達海さんはぐいぐい引っ張りながら前に進んでいく。冷たい。達海さんの骨の浮いた指先。少し、ガサガサしている。
「達海さん、手、乾燥してる?」
「えー、よく分かんない」
「帰ったら私のハンドクリーム貸してあげます」
「なまえ、そんなの持ってんの?」
「一応私も女ですからね」
「ふーん、いちおーねー」
ちょっとイラっとしたが達海さんは特に気にしてないようなので私はまた黙った。
「なまえ」
寒くて俯いた顔を上げる。達海さんのむき出しの耳が赤くなっている。
「手えふわふわだし爪ぴかぴかだもんな」
一瞬嫌味かと思ったが、繋いだ手の指先がもぞもぞと肌をなぞるように動いて、私はまた達海さんを見た。振り向いていたことに気付かずに不意に目が合う。やだな、どうしてこの人は、こんなにかっこいいんだろう。
「髪くるくるでさらさらだし、良い匂いするし」
「うんうん分かった分かったからちょっと黙ってください」
「ほんとだよ」
あ、拗ねた。アヒル口でむくれている達海さんは歩幅が極端に短くなって、私は隣に追いついた。恥ずかしい。とっても恥ずかしい。達海さんは私の努力に気付いていたようだ。それはそれで嬉しいんだけど、改めて言われると恥ずかしい。きゅう、と達海さんの手に力がこもった。
「なまえ、いくつだっけ」
「…二十五です」
「うん、若い。若いなー」
「達海さんも若いじゃないですか。変わんないですよ」
「本当に、そう思う?」
目が、真っ直ぐ、痛くて、息ができなかった。
「…ちょっとお世辞です、けど、十歳しか変わらないじゃないですか」
「しか、か」
「しか、ですよ」
達海さんはちょっと笑った。私も、微笑んだ。
「なまえ」
「はい」
「おじさんで良かったら付き合って」
「え」
視線に耐えきれずに私は目をそらした。繋がれた手が、温かい。視線を戻せば、思ったより真摯な視線とぶつかった。
「私、達海さんが」
「うん」
「大好きです」
「うん、俺も、なまえ大好き」
ぐい、と繋がれた手がひかれる。
「達海さん、寒い?」
「ん?」
「手、ふるえてる」
「…うん」
達海さんはまた少しむくれる。年相応でない表情は彼を実際より若く見せる。生まれた身体は歳を数えて死につくけれど、心はどうなんだろう。村越さんや緑川さんの方が年下だけど、達海さんの方が若々しい感じがするのは、私だけか。
「なまえ、寒い?」
「え?」
「ほっぺた、赤い」
「え、ああ、寒い、です」
してやったり、と達海さんが笑う。それはやっぱり悪戯の上手くいった子供みたいで、私は少し微笑んで車道側を歩く達海さんに寄り添った。