ワードパッドM
なお無事お揃いになった模様
店先でたまたま見かけてつい惹かれてしまった、瑞々しい柑橘類を想わせるようなカラーリップ。名無氏はおろしたてのそれを今日初めて唇の上にのせてみたのだが、ただそれだけの行為で、手鏡に映る名無氏の口元は柔らかくほころんでいた。
「いつも似たような色ばかり集めてるざんすね」
――という村岡の冷やかしが後ろから飛んでくるまでは。
「今まで使ってたのより、ずっと明るい色ですよ」
村岡のいる方を向いてやらずに、先程よりキュッと尖らせた唇を映す手鏡をじっと見つめながら名無氏は言い返した。ついでとばかりに名無氏は口元を動かす。
「社長だって、同じ男の人の顔が写った紙切れを何枚も……」
「札束にまで嫉妬するつもりざんすか?」
呆れたような小馬鹿にするような声音で名無氏の肩越しにぐい、と首を延ばした村岡が名無氏の持つ手鏡に映し出された。二つ顔が並んでしまえば、リップの発色の良さは明らかだった。
鏡越しにじっと名無氏の口元を見つめる村岡に、名無氏の肩が揺れた。――同じ色にしてあげましょうか、という勇ましい台詞が名無氏の頭に浮かびはしたが、村岡にしげしげと見つめられる気恥しさで、唇は固く閉ざされてしまう。
「よく見せてみろ」
ようやく口を開いた村岡に、淡く染まった唇をおずおずと差し出すくらいが名無氏の精一杯だった。
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