僕は今、仲間と旅をしている。果てしなく長く、楽しい、かと思えば絶望の淵に立たされるような、波乱万丈な旅を。
 とはいえ、僕らの冒険はまだ始まったばかり。だから実を言うと、上の表現はただの想像だ。この旅がどんなものになるかは、今後の僕ら次第なのである。
 そう考えると何だか胸に期待やら不安やら、様々な感情が湧いてこないこともないが――本当に何が起きるか分からないから――、何においても自信を持っていえるのは、自分に勇気を持つことが何より大切、ということだ。僕は、勇者なのだから!
 なんて、脳内で自論を展開していると、いつの間にか目的地が目前に迫っていた。先頭を切って歩いていた僕が足を止めると、後続の仲間たちも揃って歩みを止める。そのまま眼前に聳える建造物を見上げ、各々が感想を述べた。

「……高い」
「ですね。こんなにも高いとは……」
「確かに高いわね……これは長期戦になりそう。ま、私からしたら何てことないけど」

 最初の無機質で小さな呟きの声主は女魔法使いのリタで、感情豊かで丁寧な口振りで話すのは僧侶のマルク。最後の渋るようで何処か楽しげな台詞を吐いたのは、女戦士のメアンだ。僕も彼らに倣って、「流石、シャンパーニの塔といったところか」と思いを呟いた。
 シャンパーニの塔。仲間たちが口を揃えて「高い」と語るこの塔は、確かに登るにはかなり高い。しかも悪魔の巣窟としても名高い建物である。ということは、まだまだ旅人初心者の僕らは気を引き締めて攻略せねばなるまい。僕は唖然としているリタとマルク、そして余裕そうなメアンに「聞いてくれ」と呼び掛けた。

「多分、塔の攻略には相当な危険が伴う。それに、僕らはまだ半人前の冒険者だ。今まで以上に気を付けて進もう」

 三人は揃って頷いた。そんな中、マルクは初めて塔に足を踏み入れるからか、どこか緊張した面持ちをしていた。僕は心配になって、彼の様子を伺う。

「マルク、いけそうか?」
「……はい、私は大丈夫です。僧侶として、皆さんのサポートに徹します」

 マルクはやはり緊張しているようだった。だが、優しいながら力強く決意を語ってくれたから、きっと本人の言う通り大丈夫なのだろう。僕は彼を信じ、「そうか、よろしく頼む」と笑った。すると、メアンがマルクの肩にぽん、と手を置いて悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「私も頼りにしてるわ、マルク。戦士は負傷しやすいから」
「程々にお願いしますよ……」
「冗談よ、分かってるわ」

……なるほど、いつの間にか、二人の間に何があったのか、メアンはマルクに随分と気を許してしまったらしい。本来ならば、それはとても喜ばしいことなのだが、メアンを想う僕からすれば喜べない状況である。
 しかし、こんな負の感情は勇者には不要だ。僕は邪気を振り払うように、元気よく塔の頂上を指差した。

「それじゃあ、行こう! シャンパーニの塔へ!」
「…………」
「はい」
「ええ」

 しかし僕の気合の入った掛け声は全く効果を見せず、端的な返事が三つ、いや、二つ聞こえただけだった。浪漫の欠片も感じられない。まあ、いいだろう。今は塔の攻略が最優先事項だ。
 こうして個性溢れる僕ら四人衆は、いよいよモンスターの棲家に立ち入ったのだった。





 やはり、とても厳しい。覚悟はしていたが、まさかここまでとは。六階を最上階にして、既に四階にまで登り詰めたが、そろそろリタの精神的余裕はなくなろうとしていた。
 魔物単体の強さはそれ程でもないが、数が尋常ではないのだ。それ故に、全体攻撃魔法の使えるリタの疲弊が半端ではない。なぜなら精神力は、体力のように回復魔法で癒やすことができないからだ。寧ろ魔法を唱えることでどんどん弱まっていってしまうものである。よって、群を抜いて素早く、賢いリタの、毎戦闘開始時のイオのお見舞いの代償が、佳境を前にして、いよいよ顕れてきてしまったのだった。
 塔の攻略のために前方二人・後方二人の陣形に変えたおかげで、僕の背後を歩くリタの足音や息遣いが間近に聞こえる。きっと内心での苦闘があるのだろう、足取りは重そうで、呼吸は苦しげだ。彼女の受けている精神的ダメージの如何に大きいかは、想像に難くない。
 しかし、彼女は軟な人間ではない。寧ろ、その小さな体躯の何処にそんなに大きな根を下ろしているのか気になってしまう程、根性のある強い人だ。だから、勇者である僕のすべきことはたった一つ、僕らの強さを信頼することである。
 魔物の気配にすぐ気付けるように前を向きながらも、僕は勇者として、パーティーのリーダーとして、そして何よりリタの仲間として、彼女に思いを伝えた。

「リタ、僕らは負けない。何てったって、一緒に闘っているんだ。間違いないさ」
「ええ、そうよ。というか、リタは十分活躍したんだから、ちょっとくらい私に譲ってくれてもいいじゃない」
「……纏めると、私たちに任せてほしい、ということですね。貴女が休んだくらいで魔物に負けてしまうようでは、勇者御一行の名も廃れてしまいますから」

 僕に続いて、メアンとマルクもリタに思いを吐き出した。見栄っ張りな彼女らしいフォローと、優しさの滲み出る彼らしいカバーに、僕は思わず笑みを溢した。
 そしてどうやら、リタも同じだったらしい。

「……信じる。任せた」

 ひと呼吸おいてボソッとそう言ったリタの声音から、口角が上がっているのだろうということがよく分かった。そしてそれは、彼女が僕らを信頼してくれている何よりの証だった。
 僕は改めて、リタとマルクとメアンの三人と共に冒険ができていることに誇りを感じた。と同時に、これからの旅で如何なる試練が立ち塞がろうとも、皆で力を合わせれば乗り越えられる、と確信を得たのだった。
 さあ、カンダタに、この絆を断つことは叶うだろうか。

  


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